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Vol.10 No.2 November 2006

  1. 号頭言(槇野博史)
  2. 第21回日本糖尿病動物研究会年次学術集会の開催にあたって(佐藤譲)
  3. 賛助会員の研究(8)(増井則夫)


号頭言 
「糖尿病とカッパドキア」

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 腎・免疫・内分泌代謝内科学
槇野 博史

 糖尿病の最古の記録は古代エジプトのパピルスに見られる。それによると糖尿病は大量の尿を出す病気で穀物・果物・蜂蜜が良いという記載がある。また古代文明の発祥地の一つであるインドでも糖尿病は尿が甘くなる病気で尿はハエなどの昆虫をひきつけるとの記述がある。
 しかし糖尿病の病状を世界で初めて克明に捉えて記述したのは約2000年前に現在のトルコのカッパドキアに住んでいたアレテウスである。その当時カッパドキアはローマ帝国東端の属州でキリスト教文明が爛熟していた。糖尿病は英語でdiabetes mellitus であるが、これを命名したのもまた、アレテウスである。アレテウス(AD81-138)は、医聖ヒポクラテスの影響を強く受けた臨床医であった。
 Diabetes はギリシャ語で「サイフォン・水が流れる」という意味である。アレテウスの「慢性疾患の原因と症状」の記述によると 「不思議な病気であるが、尿の中に肉や手足が溶け出てしまう。病気の経過は共通していて、腎臓と膀胱がやられ、患者は片時も尿を作るのをやめない。まるで水道の蛇口が開いたように絶え間なく溢れ出す。病気の本性は慢性で、形をとるまでに長い時間がかかるが、いったん病気が完成してしまうと、衰弱は急速であり、死はすぐに訪れる」。
 アレテウスが世界で初めて糖尿病の口渇・多飲・多尿を克明に記載しており、さらに糖尿病の慢性合併症の恐ろしさにも気づいている。アレテウスは患者の病状を客観的においかけて鋭く観察しており、糖尿病以外に、破傷風では「患者は下顎と上顎を固く結び、梃子や楔でも容易には開くことができない」と、生々しく描写している。まさに、臨床医の鏡である。
 なお、diabetes mellitus の mellitus はラテン語で甘いという意味である。従って diabetes mellitus は甘い尿があふれるように出てくるという意味になる。
 私がこのカッパドキアを知ったのは、東京女子医科大学の当時糖尿病内科教授の大森安恵先生のご講演の中での写真である。カッパドキアは私にとっては今までみたことの無い風景で、糖尿病のルーツを辿る意味でも、またその光景を写真に収めるにも、世界の中で最も訪れて見たい場所であった。
 大森先生の話を聞いて約10年経たであろうか。ついにそのチャンスがやって来た。ヨーロッパ腎臓学会がイスタンブールで開催されるとの事である。当科からも演題を応募し採択され教室員と参加した。1日という短時間であったが、カッパドキアを訪れることができた。
 岩が土筆のようにニョキニョキと突き出し、その奥に長い断層が幾重にも重なっている。なぜこのような光景・奇岩がつくられたのか。その回答の鍵は火山である。エルジェス山を初めとして何百万年前の昔に噴火を繰り返し、火山灰と溶岩が数百メートルずつ堆積して凝灰岩や溶岩層となった。その後、長年の間に風雨や雪により岩部が侵食され、硬い部分のみ侵食されず層となって奇妙な光景をかもし出している。
 この光景をみて、アレテウスの糖尿病の記述を想い起した。まさにこの大地が我々人間の体で、高血糖である雨雪が年余にわたり我々の体を蝕み、やがて血管合併症を起こし死に至るのである。まさに溶けなかったものだけが織り成す光景は絶景である。
 もうひとつ印象的なのは、この地に住む人々はこれらの奇岩を棲家として使ってきた。アレテウスの時代より少し後の3世紀前後からはキリスト教の修道士が凝灰岩に洞窟を掘って住み始めた。修道士はなぜこのように辺鄙な所に住んだのであろうか?恐らくその昔カッパドキアに入り込んで来たキリスト教徒達はこの天国のようであり、同時に地獄のようでもある異様な光景をみて、俗世から隔絶された気分になったのであろう。荒涼たる光景が修道士の心を捉え、その求道的精神にかなったと思われる。
 案内されて一つの妖精の煙突に梯子で登るとそこは昔修道士が修行していた場所だという。岩の中はくり貫かれて部屋に分かれている。岩は柔らかく場所によっては足跡ならぬ、足の取っ掛かりがあってやっと上に上がれる。ガイドさんに手を引っ張ってもらい、やっと這い上がれた。肥満であればとても昇れそうにもない。修道士は恐らく禅僧のように厳しい修行を行い、粗食に耐え糖尿病とは縁のない生活だったに違いない。
 メタボリックシンドロ−ムと2型糖尿病のモデル動物としてOLETFラットを用いて研究したことがある。ラットは元来運動が好きである。岡山市にある池田動物園に回転ケージを安く作ってもらいそれにOLETFラットを入れておくと1日約5kmも走る。そうすると肥満・糖尿病・高血圧・高脂血症は起こってこない。いくら肥満・糖尿病の遺伝素因があっても生活習慣を改善することにより糖尿病の発症を予防することができる。カッパドキアでも徐々に砂漠化が進行しており、地球温暖化が身近な問題となっている。これを解決するには、自家用車等からの炭酸ガスの排泄を減らすのが早道である。通勤は車から自転車や徒歩に変更するのが、問題解決の一石二鳥の近道かもしれない。

 

第21回日本糖尿病動物研究会年次学術集会の開催にあたって

岩手医科大学 糖尿病代謝内科
佐藤 譲

 盛岡の地で第21回年次学術集会を担当させていただくことになりました。
 振り返ってみますと、本研究会は後藤由夫東北大学教授(当時、現名誉教授)が班長であられた文部省科学研究費総合研究(A)(昭和60〜61年度)「モデル動物による糖尿病の成因と合併症に関する研究」の研究組織を母体として、1987年に糖尿病動物研究会として発足しました。第1・2・3回(会長 後藤由夫教授)と第7回(会長 東北大学 豊田隆謙教授)が仙台で、第17回(会長 弘前大学 八木橋操六教授)が東北新幹線の盛岡から八戸への延長を記念して八戸で開催され、今回は4年振りの東北地方での開催となります。
 本研究会は糖尿病動物研究会として発足しましたが、第11回(1997年)から日本糖尿病動物研究会(JAADR)と名称を改め今日に至っております。研究会自体の会長は初代が後藤由夫先生、2代目が金澤康徳先生、本年から3代目の門脇 孝先生に引き継がれております。
 私は第1・2・3回(1987〜89年)と第7回(1993年)が仙台で開催されたときの事務局を担当しておりましたので、14年振りの担当となります。昔を思い出しながら準備を進めております。
 この間にモデル動物を用いた糖尿病研究は大きく様変わりしました。初期の頃は自然発症1型・2型糖尿病モデル動物を使用した糖尿病の成因や治療の研究発表が多かったのですが、最近では、肥満やメタボリックシンドロームを伴った糖尿病モデルや遺伝子改変動物が加わり、研究手法も遺伝子や分子生物学的解析が増えております。
 これらによって、1型糖尿病におけるβ細胞破壊機構とそれに応じた発症予防や治療、2型糖尿病におけるインスリン分泌低下やインスリン抵抗性の機序と治療、肥満・メタボリックシンドローム・アディポサイトカインの研究、糖代謝の自律神経支配、糖尿病性細小血管障害・大血管障害の機序と治療など、研究の大きな展開と進歩がみられました。糖尿病研究のゴールは糖尿病と合併症の成因の解明と予防・治療法の確立にありますが、ヒトでは困難なアプローチが可能なモデル動物研究が糖尿病学の進歩に果たしてきた大きな役割は言うまでもありません。21回の本会は門脇会長が就任されてから最初の学術集会という記念すべき会でもありますので、多数の演題応募とたくさんの先生方のご参加を心からお待ちしております。
 盛岡は最速の新幹線で東京から2時間20分と比較的近い距離です。会場は盛岡駅の西口に今春開設した快適な会議場で、駅から徒歩で移動できます。盛岡は厳寒の2月でも雪はあまり積もりませんが、路面凍結によるスリップにはお気を付け下さい。研究会後の連休には宮沢賢治のふるさとイーハトーブの温泉やスキー場でお楽しみ下さい。

賛助会員の研究(8)
1型糖尿病モデル開発のサポートとして

日本エスエルシー株式会社バイオテクニカルセンター品質管理部
増井 則夫

 ヒトのMHC(HLA)のハプロタイプには、1型糖尿病発症のリスクを上昇させるものと減少させるものがあり、発症年齢が低いほどハイリスク型をもつ患者の割合は高いという研究報告があります。また、詳細な家系調査において、1型糖尿病患者の近親者における1型糖尿病のリスクは一般人口に比べてはるかに高いという報告もあり、これは1型糖尿病における遺伝性要因の関与の高さを示していると言えます。
 1型糖尿病では、膵β細胞の免疫学的破壊により体内のインスリン量が完全に欠乏し、血糖値をコントロールできない状態に陥ります。1型糖尿病の治療は今のところインスリン注射しかありませんが、2型糖尿病も経過の長期化に伴いインスリン注射が必要になることがあります。
 KDPラットは、この1型糖尿病のモデルとして開発されたLETLラットを起源とし、発症率を大幅に向上させた新たなモデルと言えます。モデル開発の中心でおられた故 米田嘉重郎博士(東京医大)から現在、横井伯英博士(神戸大院医)が積極的に研究を進められておられます。KDPラットでは第11染色体上のCblb遺伝子におけるナンセンス変異と第20染色体上のMHCハプロタイプにより、膵β細胞に対する自己免疫反応が引き起こされ、膵β細胞が破壊されて最終的に1型糖尿病を発症すると考えられています。また、詳細な組織学的解析から、膵島への重度のリンパ球浸潤(膵島炎)に加えて他の臓器にも軽度から中程度のリンパ球浸潤が認められています。
 我々は200匹以上のKDPラットに対して、離乳期以降からの血糖値測定を開始し、個体ごとの血糖値変化を追求しました。その結果、測定開始から1年を経過しても血糖値の上昇がみられない個体が1割程度確認されましたが、多くは高血糖を発症いたしました。血糖値の上昇は、平均して生後3〜4ヶ月齢に現れ、約100mg/dLから数日間に200〜500mg/dLに急激な上昇を示すのが特徴と言えます。高血糖の発症後、1年以上の生存期間を示す個体もありましたが、約9割の個体は急激な血糖値の上昇から高血糖状態が維持され、測定開始後1年以内に死亡が確認されました。そのうちの約6割は高血糖確認後1ヶ月以内に死亡し、1ヶ月以上の生存期間を示した個体では生存期間に多様性が見られました。また、一時的な緩解期と思われる症例もわずかに確認されました。
 このような特性によりKDPラットにおける計画繁殖は非常に困難になります。そこで、Cblbのナンセンス変異をhetero型に有する雌雄によるsegregating方式の維持が必要となりますが、hetero型とwild型個体とを外観上で識別することは不可能であるため、PCR-RFLP法によるCblb遺伝子タイピングを実施しております。また、KDPラットの保有するMHCクラスUuハプロタイプの識別も分子遺伝学的手法によって容易に可能となっています。現在、これらの手法を用いて、MHC領域に別のハプロタイプを有するKDPコンジェニックラットやCblb遺伝子の遺伝的背景をKDPラットから他の系統ラットに置換したコンジェニック系統の作出など新たな研究も進めております。
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