号頭言 「日本糖尿病・肥満動物学会への新展開に寄せて」
埼玉医科大学病院健康管理センター
兼、総合医療センター内分泌糖尿病内科
河津 捷二
今般、日本糖尿病動物研究会は発展的に名称変更し、新理事長門脇孝東大教授の下、新しい段階に入ったといえよう。従来も、糖尿病との関連において、多様な肥満動物が取り扱われてきたが、今日的課題であるヒトのメタボリックシンドロームあるいは肥満の治療などを考慮すると、時宜にかなった対応であると思われる。今後の当該分野の進歩がどのようなものになるのか、大いに期待したい。
さて、振り返って手元の第1回(1987年1月24日、仙台、艮稜会館)、翌年の第2回研究会プログラムをみると、世話人後藤由夫先生の下に参集した様子が彷彿と思い出される。ちなみに第1回の第1席は「自然発症糖尿病動物チャイニーズハムスター(CHAD)における膵ラ氏島の形態学的分析(旭川医大第2内科、岩島保法他)」、そして第2席は「自然発症糖尿病GK(後藤‐柿崎)ラットの現況(東北大学第3内科、鈴木研一他)」となっている。当時、後藤先生らの作られたGKラットや牧野進先生らのNODマウスが脚光をあびはじめた頃で、このような自然発症糖尿病(1型、2型)、あるいはストレプトゾトシンによる糖尿病動物の解析が中心であった。私事ながら、私はその頃より、故米田嘉十郎先生(東京医科大動物実験センター)と前会長金澤康徳先生のご指導で、A.Like先生(マサチューセッツ医科大学)よりBBラットを分けていただき、系統維持を開始したところであった。そんな事情もあり、日本糖尿病動物研究会では多くを学ばせていただいた。ここにあらためて感謝申し上げたい。
一方、糖尿病動物といえば、古典的な意味であるが、まるごと糖尿病を観察できる実験系を組み立てることが出来るのも大きな魅力で捨てがたいものであった。例えば、現在臨床的に注目されているメタボリックシンドロームの研究においても、実験動物は肥満(内臓肥満蓄積を含め)や糖尿病(インスリン抵抗性を含む)との強い関連を明示してきた。砂ネズミやスパイニーマウスなどを例に引くまでもなく、生活習慣、環境の激変を伴う飼育下では、肥満を伴ったり伴わずして糖尿病発症へと進展することが明らかである。これは哺乳動物ではないが、当時、横手先生により見出された養殖魚(コイ)の背コケ病(Sekoke disease:背肉が落ちてしまうため)もユニークな一典型例ではなかったかと思われる。
今日的な意味では、実験動物の花形はなんといっても遺伝子組み換えによる、ピンポイント攻撃よろしくターゲットの絞られた新しい糖尿病関連動物の作出、そしてそれらの解析であろう。すなわち、糖尿病の成因論ばかりでなく、合併症の発症機序解析、ひいては予防、治療に大いに貢献する結果が得られつつあるのは周知の通りである。今後も、広義の糖尿病あるいは肥満の実験動物が基礎・臨床医科学の牽引車となると考えられる。
最後に、糖尿病あるいは肥満動物を用いた実験は、基礎的分野ばかりでなく、同時に臨床的分野にも大きな光りを当てることは明らかで、相互補完的な関係にあると思われる。現在の世の中の風潮は、医学生の臨床的志向を高め、必ずしも実験医学の重要性が十分に認識されているとは言えない状況にある。そのような意味でも、基礎・臨床医学に携わる若い人達に大いに参加していただき、新しい分野の展開を進めていただきたい。1型、2型糖尿病を問わず、また肥満についても、現在続々とあらわれている新しい治療法の開発などは、数十年から十数年前の基礎的研究に負っていると考えられるからである。
第21回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて
岩手医科大学糖尿病代謝内科
佐藤 譲
平成19年2月8、9日に盛岡(アイーナ)で開催された第21回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を無事、盛会裡に終えることができました。多くの先生方のご支援、ご協力に心から感謝申し上げます。図らずも、この会は日本糖尿病動物研究会の名称の最後の会になりました。本研究会中に開催された幹事会、評議員会、総会の議決によって、本研究会は日本糖尿病・肥満動物学会(Japan Society of Experimental Diabetes and Obesity; JSEDO)(門脇 孝 理事長)に衣替えしました。
最後の日本糖尿病動物研究会の特別講演(1)「実験動物を用いた糖尿病研究の展望」(門脇 孝先生)では、遺伝子改変動物を用いた2型糖尿病2大成因(インスリン抵抗性とインスリン分泌不全)やメタボリックシンドロームの分子機構や、新しい治療の開発に関する研究成果が紹介された。特別講演(2)「臓器間ネットワークによる糖・エネルギー代謝の調節機構」(片桐秀樹先生)では、生体の糖・エネルギー代謝調節に肝、脳、脂肪組織間の自律神経ネットワークによる調節機構が関与しているという新しい研究が紹介された。いずれも世界をリードしている最新の研究成果であり、出席者に大きな感銘を与えた。会長講演「糖尿病合併症とTNF-α:モデル動物からヒトへ」(佐藤 譲)では、糖尿病神経障害を中心にTNF-αやTNF-α遺伝子の関わりが紹介された。ランチョンセミナー「ペットの糖尿病の現状と診断・治療」(佐藤れえ子先生)では、普段聞く機会の少ない伴侶動物(ペット)の糖尿病の特徴などが紹介された。ネコの肥満も問題になっているが、動物は食餌制限しやすいという言葉が印象に残っている。イブニングセミナー「Mouse model for diabetes and obesity」(Dr. Barbara Witham)では、実験に使用されている種々の糖尿病モデル動物が紹介された。
シンポジウム(1)「1型糖尿病研究の最新の話題」では、1型糖尿病のβ細胞傷害におけるインスリン反応性T細胞やNK活性化レセプターの役割、インスリンペプチドを用いた糖尿病発症予防、β細胞再生の誘導、遺伝解析など、最近の研究成果が報告された。シンポジウム(2)「糖尿病動物と合併症研究:成因解明から治療法探索まで」では、大血管障害における血管壁の分子制御機構、腎症の成因におけるmicroinflammation、神経障害のC-ペプチド療法、網膜症におけるVEGFやレニン・アンジオテンシン系の役割、などが報告され、新しい治療の可能性が紹介された。ワークショップ「糖尿病とアディポサイトカイン」では、アディポネクチンの中枢における役割、肥満の脂肪組織と血管新生の分子機構、アディポネクチンと寿命の延長、など興味深い話題が、また一般演題(28題)でも新しい糖尿病モデル、糖尿病・糖尿病合併症の成因・病態・治療などに関する最新のデータが報告され、活発な討論がなされた。
盛岡の2月は例年寒さが厳しいので研究会中の天候が心配されたが、暖冬と晴天に恵まれ、シンボルの岩手山もくっきりと見ることができた。新築オープンして1年にも満たない会場も快適で、初めての試みであった企業展示会場・ドリンクコーナーも好評であった。参加費を支払われた出席者は地方会場として多い約120名で、その約半数が懇親会にも参加された。予想以上の参加者数であったため料理が少なめになったのが残念であった。また、その他にも不手際が多々あったと思いますが、盛岡の夜景と歓迎の”盛岡さんさ踊り”、会場整理にご協力いただいた協賛メーカー、医局員の努力に免じてご容赦いただければ幸いです。
糖尿病モデル動物の紹介(10)2型糖尿病マウスDMSの発見と展望
埼玉県立がんセンター臨床腫瘍研究所
松島 芳文
はじめに
筆者は実験動物学に身を置く者として、疾患モデルの育種素材を豊かにすることを目的とし、ラボラトリーマウス(mus musuculus domesticus)とは亜種レベルで異なる日本産野生マウス(mus musuculus molossinus)からの新しい遺伝子導入を試み、1983年より野生マウスの捕獲と近交系化を開始した。
二十数年を経た現在、KOR1、KOR5、KOR7(福島県郡山)、AIZ(会津若松)および MAE(岩手県前沢)など捕獲地域ごとに樹立した近交系を継代中である。 また幸運にも恵まれ、継代維持の過程でアポE欠損高脂血症マウス1)、アトピー性皮膚炎マウス、優性白斑マウス、小眼球症マウスなど、種々の自然発症変異マウスを発見した。
アポE欠損高脂血症マウスについては、疾患モデルとしての有用性を高めるために変異遺伝子を3系統のラボラトリーマウスに導入したコンジェニック高脂血症マウスを樹立した。これらのコンジェニック系統間において、遺伝的背景の差による血清総コレステロール値、動脈硬化および皮膚黄色腫の進展度、寿命などの表現型に著明な差異が認められることを明らかにした2)。
従って疾患モデルの原因遺伝子を複数のラボラトリーマウスに導入したコンジェニック系統セットは、背景の遺伝子型の差異により表現型が系統間で種々に異なり、今日盛んに云われているオーダーメイド医療、あるいはオーダーメイド治療のモデルとしても有用であることを提唱した3)。
DMSマウス発見の由来
2003年に、KOR1マウスとNCマウスを用いた交配実験中に床敷きの異常な濡れに気付き、その原因が糖尿病による口渇と多飲多尿のためであると直感した。直ちに尿糖および血糖値を測定した結果、尿糖強陽性、血糖値597mg/dlを示した。発端の雄マウスを含む実験群は、NC雌とKOR1雄の交配F2、雄16匹、雌21匹であり、検索の結果さらに2匹の雄個体が糖尿病を発症していることがわかった。その後、糖負荷試験、病理学的検索および交配実験などの結果を総合し、非肥満性の新規2型糖尿病マウスであることを確信し、Diabetes Mellitus Saitama(DMS)マウスと命名した。
コンジェニック化でわかったDMSマウスの遺伝様式
既報の糖尿病モデル動物の原因遺伝子はAKITAマウスなどごく一部を除き劣性遺伝性のポリジェニックであるとされ、 1型糖尿病マウスNODでは疾患感受性遺伝子としてIdd1からIdd18 の18遺伝子が、2型糖尿病ラットOLETFではNidd1からNidd11の11遺伝子が報告されている。当然、DMSマウスについても、原因遺伝子はポリジェニックであり、コンジェニック化は不可能であると見られていた。
しかし、発端マウスの遺伝的背景はKOR1とNCの交雑であり、疾患モデルとしての有用性を高める為にも遺伝的背景を均一にする必要がある。そこで、仮にポリジェニックであっても主要な原因遺伝子はひとつであろうと考え、低耐糖能系C57BL/6、高耐糖能系C3H/HeおよびBALB/c系統へのコンジェニック化を開始した。その結果、発症頻度は極めて低いものの、いずれの系との交配F2(M1)個体にも糖尿病発症が認められ、常染色体性劣性に遺伝すると推定した4)。
次に、原因遺伝子の由来を探るために先祖系統であるNCおよびKOR1に発症個体を交配した。その結果、予想に反して両系統ともに、F1 (N1)個体で糖尿病発症が認められた。そこで、さらに他の5系統と交配実験をした結果、DBA/2、AKR、MSMおよびJF1 系ではNC系と同様にF1 個体で糖尿病発症が認められ、A/J系ではC57BL/6系と同様に、F2 個体で糖尿病発症が認められた。
いずれの系もコンジェニック化の途上(N2~4あるいはM4~6)であるが、用いた10系統は優・劣性遺伝性、病態の軽重および性差により、2群に分けられることが判った。
AKR、DBA/2、NC、JF1、KOR1およびMSM系では優性遺伝し、幼若時から尿糖陽性を示し、多飲多尿が著しい。雌雄共に発症するが、系統により性差が認められた。また、A/J、BALB/c、C3H/HeおよびC57BL/6系では見かけ上劣性遺伝を示し、発症時期は遅く症状は軽度であり、著しい性差があり雌の発症は極めて稀であった。 このように、DMSマウスの遺伝は一見複雑そうであるが、各系でコンジェニック化が進行していることから、主要な原因遺伝子は1つであり、多彩な表現型の差異は、もともと各系統マウスが持っている疾患感受性遺伝子の働きによると推定された5)。
種々の糖尿病モデルの樹立計画
これら多様なコンジェニック系から以下の糖尿病モデルの樹立を目指している。
C57BL/6とBALB/c系を軽症(糖尿病予備軍)モデルとする。
DBA/2とNC系を重症モデルとする。またNC系には、腎臓のボウマン嚢基底膜肥厚およびメサンギウム領域の拡 大などが観察されたので、糖尿病性腎症モデルを目指す。
C3H/HeとJF1系はもともと加齢による肥満傾向があり、肥満を伴うモデルを樹立する。
アポE欠損高脂血症コンジェニック系のうち、動脈硬化感受性系のC57BL/6および動脈硬化抵抗性系のDBA/2系を用い、2系統の高脂血症・糖尿病併発マウスを作出し、メタボリックシンドロームを解明するモデルとする。
A/J、AKRおよび BALB/c系などアルビノ系統では、網膜および角膜の観察が容易であり、糖尿病発症個体に網膜症あるいは白内障などが観察されれば、糖尿病性眼疾患モデルの樹立を目指す。
おわりに
DMSマウスのモデル化はまだ緒に付いたばかりであるが、各モデルの樹立を目指すと同時に、原因遺伝子のポジショナルクローニングを行い、さらに各系統が持っている糖尿病関連の修飾遺伝子を明らかにする。
参考文献
1. Matsushima Y, et al, Spontaneously hyperlipidemic (SHL) mice: Japanese wild mice with apolipoprotein E deficiency. Mamm Genome. (1999)10:352-7.
2. Matsushima Y, et al, Four strains of spontaneously hyperlipidemic (SHL) mice:phenotypic distinctions determined by genetic backgrounds. J Atheroscler Thromb. (2001) 8:71-9.
3. 松島芳文 実験動物の進歩1 日本産野生由来マウスに発見した新しい疾患モデル動物 モダンメディア(2006) 52:43-9.http://www.eiken.co.jp/mm/2006.html#200602
4. 松島芳文 新規糖尿病マウスの発見, 第18回日本糖尿病動物研究会抄録 (2004) pp.29.
5. 松島芳文 コンジェニック化でわかった新規2型糖尿病マウスDMA (Diadetes Mellitus Saitama) の遺伝. 第21回日本糖尿病動物研究会抄録 (2007) pp.41.