実験動物における糖尿病の診断基準について

日本糖尿病・肥満動物学会
「実験動物での糖尿病診断ワーキンググループ」*

*八木橋 操六(委員長)
(弘前大学大学院医学研究科分子病態病理学)
寺内 康夫
(横浜市立大学大学院医学研究科分子内分泌・糖尿病内科学)
森   豊
(東京慈恵会医科大学第三病院糖尿病代謝内分泌内科)
池上 博司
(近畿大学医学部内分泌・代謝・糖尿病内科)
佐藤  譲
(岩手医科大学医学部糖尿病代謝内科)

はじめに

 これまで、実験動物で糖尿病と判定する基準については必ずしも一定の見解が得られていない。 そのため、条件の異なった研究成果が論議を呼んだり、研究成果の過大、あるいは過小な評価を受ける怖れも少なくなかった。 日本糖尿病・肥満動物学会は、糖尿病動物を用いた研究成果を報告、討議する専門の場である。 そこで学会では、動物での糖尿病の判定基準についてどのように考えるかについてアンケート調査を実施し、 それらの調査結果をまとめるとともに、現状での考え方を示し、日本糖尿病学会誌〔糖尿病53(5):379-384,2010〕に報告した。

方法

 アンケート用紙を動物実験に携わっている医師、獣医師、薬剤師を中心に日本糖尿病学会評議員91名(本会会員との重複は避けた)、 本会会員199名に送付した。その結果、日本糖尿病学会評議員から38通の回答が得られ、回収率42%、本会会員からは38通、回収率19%であった。 全体での回収率は26%であった。回答者の所属は大学医学部71%、公的研究機関3%と、大半は研究職であった。 また、製薬企業の研究所所属研究員が13%であった。アンケート回答者の立場としては教授33%、 准教授18%、講師12%、助教または助手8%、研究員11%であった。資格としては医師が76%、その他が19%であり、医師が多くを占めた。

結果

 研究目的としては、病態解明34%、成因29%、合併症19%、治療薬開発14%であった。
 実験動物としてラット、マウスが大半を占め、糖尿病の診断基準として、回答者72名中70名(97%)で血糖値が用いられていた。 尿糖陽性とあわせて判断する施設も38%みられた。血糖値としては2、3回以上の複数回測る方法が用いられており、 随時血糖、空腹時血糖、さらには糖負荷試験での血糖値測定が行われていた。随時血糖では、300mg/dl(16.7 mmol/l)以上を糖尿病状態と判定している施設が20%、 200?250 mg/dl(11~13.9 mmol/l)以上を用いているのが26%であった。記載のない回答も19%みられた(図)。 空腹時血糖を糖尿病の指標とした場合、その値は150 mg/dl (8.3 mmol/l)以上が8%、200 mg/dl(11mmol/l)以上19%、300 mg/dl(16.7 mmol/l)以上6%であった。 糖負荷試験を実施した場合、58%(36名中21名)で耐糖能異常の判定は対照群との比較をもって行っていた。また、負荷後2時間値200mg/dl以上を基準としている施設が25%、 ヒトでの糖尿病の診断基準で採用されている数値を比較して用いている施設が6%みられた。72名中3名(4%)では、糖化ヘモグロビンも指標として用いられていた。

実験動物における糖尿病の診断基準についての考え方

 糖尿病の発症や原因、病態を解明するための研究として、糖尿病動物あるいは遺伝子操作動物が用いられる。 膵島β細胞のインスリン分泌機能障害やアポトーシス誘導機構、あるいはインスリン抵抗性の機序など、 その目的に応じて動物が用いられる。そこでは、糖尿病病態の程度も、対照群との比較でなされるべきものであり、 糖尿病判定のための絶対的な基準は存在しない。これに対し、糖尿病合併症の成因や治療を目的とした研究の場合、 その合併症病変が確かに高血糖やインスリン抵抗性など糖尿病によって惹起されたかどうか明確でなければならず、 そこで糖尿病病態についてのある程度の基準が必要となる。合併症発症進展に関わる因子が多様なことから、 単に血糖、インスリン値のみならず、脂質、血圧等、多くのデータが参考として挙げられる。それゆえ、 研究の目的に応じて因子を選択し、解析する必要がある。ストレプトゾトシン誘発糖尿病の場合、 高血糖、インスリン欠乏などが主な因子となるが、再現性、追試研究のためにも、その基準として数値を掲げることは重要と考えられる。
 なお、実験動物を用いた研究は、目的、倫理的にも実験動物に関する日本糖尿病・肥満動物学会指針 に遵守して行われるべきものであり、今回のアンケート調査に基づく動物での糖尿病診断基準の検討もそれに準拠してなされている。

総括※

  1. ヒト糖尿病の診断は細小血管合併症を発症する血糖値を基準としたものであり、動物モデルにヒト糖尿病に匹敵するような糖尿病の診断基準は存在しない。動物を用いた糖尿病研究では、一定の高血糖を基準として実験を実施することが望ましい。また、再現性や、追試可能かをみるために、基準の呈示が望ましい。   (ヒト糖尿病と異なり、特異的な合併症病変とのつながりが明らかではないため、あくまでも糖尿病状態を「高血糖」「耐糖能異常」で代表させているものと考える)
  2. 1型糖尿病での発症、病態研究の目的では持続的な高血糖、インスリン欠乏を反映する基準によって判断することができる。
  3. 合併症病変の探索、治療を目的とした研究では、糖尿病病態の重症度を反映する基準を呈示することが望ましい。
  4. 自然発症2型モデルにおいては、発症様式がモデルにより大きく異なることから、対照群との適切な比較が不可欠である。
  5. 自然発症2型モデルでは肥満型、非肥満型、インスリン低分泌型、高インスリン血症型など種々の病型があることから、糖負荷試験による血糖あるいはインスリン、脂質異常などをあわせて呈示することが望ましい。
  6. 遺伝子操作モデル動物では、適切な対照との比較に基づく表現型を明確にし、ヒト糖尿病との関連を説明することが望ましい。

※八木橋操六,寺内康夫,森豊,池上博司,佐藤譲 実験動物における糖尿病の診断基準について.糖尿病(日本糖尿病学会)第53巻5号:379-384より一部引用・転載