号頭言 「糖尿病性細小血管合併症のモデル動物は?」
名古屋大学大学院医学系研究科
糖尿病・内分泌内科学
中村 二郎
糖尿病モデル動物は、糖尿病の成因および病態のみならず、糖尿病性細小血管合併症の発症メカニズムの解明や新たな治療戦略の検証に大きな役割を担ってきた。糖尿病モデル動物には多数のモデルが存在し、ヒト糖尿病患者における糖尿病分類と同じように、糖尿病の病態に基づいて分類されている。しかしながら、病態が類似したモデルにおいても細小血管合併症の表現型には大きな異なりが存在し、一種類の動物ですべての細小血管合併症について検討することが可能という訳ではない。また、ヒト糖尿病性細小血管合併症と同じ病態を呈さないという大きな問題点が残されている。
網膜症に関しては、ストレプトゾトシン(STZ)糖尿病ラット、BioBreeding(BB)ラット、Otsuka Long-Evan Tokushima fatty(OLETF)ラットおよびSpontaneously Diabetic Torii(SDT)ラットで検討されている。STZ糖尿病ラットおよびBBラットにおいては、細胞脱落血管の形成、網膜周皮細胞の脱落、網膜血管の拡張、網膜-血液関門の破綻とそれによる網膜血管透過性の亢進、毛細血管瘤の形成などの病理学的変化が認められるものの、網膜血管の新生などの増殖性変化を生じないことから、単純網膜症のモデルとしての利用価値が高い。OLETFラットでは、病理学的変化が認められるという報告もあれば、認められないとするものもあり、更なる検討が必要であろう。一方、SDTラットはヒト類似の増殖網膜症を発症する唯一のモデル動物であると考えられており、STZ糖尿病ラットと同様の病理学的変化に加えて、長期モデルにおいて増殖膜の形成とそれによる牽引性網膜剥離や血管新生緑内障に類似した所見、更には白内障をも生じることが報告されている。しかしながら、新生血管を伴う増殖網膜症様病変にも拘らず無灌流領域が認められないという報告もあり、ヒト増殖糖尿病網膜症とは異なる発症機序および病態が関与している可能性がある。
腎症のモデル動物として検討されているのは、STZ糖尿病ラット/マウス、Non-obese diabetic(NOD)マウス、BBラット、 db/dbマウス、KK-Ayマウス、Akitaマウス、Goto-Kakizaki(GK)ラットおよびOLETFラットと多岐にわたっている。一般的には、糸球体過剰濾過、腎肥大、アルブミン尿の増加が認められ、組織学的にも糸球体肥大、メサンギウム基質の増加、糸球体基底膜の肥厚、間質の線維化、マクロファージの浸潤が認められ、ヒト糖尿病性腎症と類似している点が多いものの同一ではなく、最適なモデルと呼べるものは存在しない。また、なかには長期モデルにおいて結節性病変を呈するものがあるものの、末期腎不全に至るモデルは報告されておらず、この点がヒト腎症の病態と大きく異なるところである。
網膜症および腎症と異なり、ヒト糖尿病性神経障害の病態は、基本となる糖尿病の病態、即ち1型か2型かによって異なっており、モデル動物における神経障害の病態も糖尿病の病態によって異なっている。即ち、1型糖尿病の代表的モデルであるSTZ糖尿病ラットでは、糖尿病発症後2週間で神経伝導速度の遅延が認められ、その後さらに遅延する。形態学的特徴は有髄神経線維の萎縮であり、糖尿病発症後2ヶ月では明瞭ではないものの、6ヶ月では顕著となる。神経線維とともに神経軸索の萎縮も認められ、末梢ほど萎縮は著明であるが、神経鞘内血管における基底膜の肥厚は認められない。一方、2型糖尿病の代表的モデルであるGKラットでは、神経伝導速度の低下は軽度であり、形態学的にも有髄神経線維の萎縮は明らかではなく、神経線維の広範な脱落は認められない。また、神経鞘内血管の基底膜は著明に肥厚し、血管内腔が狭小化している。
今日、遺伝子改変動物が脚光を浴び、様々な分野の研究に用いられているが、糖尿病性細小血管合併症をターゲットとしたものは、アルドース還元酵素のトランスジェニックマウスとノックアウトマウスくらいに限られている。
結局のところ、糖尿病性細小血管合併症の研究に適したモデル動物は十分とは言えず、これからの進展が期待されるところであるが、そのためには細小血管合併症の発症機序に関する更なる基礎的検討が不可欠であり、私を含めた細小血管合併症研究者の奮起が切望される。
第22回日本糖尿病・肥満動物学会年次学術集会を終えて
昭和大学医学部第一解剖学教室
塩田 清二
平成20年2月8、9日に昭和大学旗の台キャンパス(上条講堂)で開催された第22回日本糖尿病・肥満動物学会年次学術集会を無事、盛会裡に終えることが出来ました。多数の先生方のご支援とご協力に深く感謝申し上げます。今回は、日本糖尿病・肥満動物学会としての記念すべき第1回目の大会であり、私ども昭和大学で本学術集会を主催させていただきましたことは大変名誉なことであり、学会理事長はじめ関係者各位に心から御礼申し上げます。
本学術集会の学会賞(米田賞)の受賞講演「遺伝子改変動物を用いた糖尿病分子機構の解明」(門脇孝先生)では遺伝子改変動物を用いた2型糖尿病の分子機構の詳細やアディポネクチンに関する最新の知見などについての素晴らしい研究成果が紹介されました。また研究賞の受賞講演「糖尿病・肥満動物での消化管因子の役割」(山田祐一郎先生)では、消化管から分泌されるインクレチンというペプチドホルモンが膵島に作用して肥満を調節していることが受容体の欠損マウスを使って明らかにされました。さらに特別講演(1)「歴史的展望『本学会の歴史的展望と将来について』」(金澤康徳先生)では、1987年の後藤由夫先生の日本糖尿病動物研究会設立から糖尿病・肥満動物学会の設立に至る経緯が詳しく紹介され、さらに本学会の今後の発展とそれに伴う問題点などについても言及されました。特別講演(2)「AMPキナーゼによるエネルギー代謝調節機構」(箕越靖彦先生)では、摂食行動と代謝の両調節に関わるシグナル分子であるAMPキナーゼの全容について、この領域の最もホットな話題について講演がなされました。
シンポジウム(1)「糖尿病、メタボリックシンドロームにおける臓器連関とモデル動物」では、門脈シグナルと肝糖代謝、神経シグナルによる臓器間代謝情報調節機構、臓器間相互作用によるインスリン抵抗性の成立機構、消化管からの摂食調節シグナル伝達機構、インクレチンの膵外作用など、最近の研究成果が報告されました。シンポジウム(2)「肥満・摂食調節関連因子のノックアウトマウスの表現型」では、オレキシンと食餌予知行動、グレリンやインクレチン受容体の遺伝子欠損マウスの表現型、中枢におけるインスリンやアディポネクチンシグナルの役割など、遺伝子欠損マウスを用いた最新の研究成果が報告されました。またワークショプ「遺伝子改変モデル動物を用いた肥満糖尿病研究」では、脂肪特異的タンパク(FSP27)の脂肪貯蔵作用の機能、アクチビンによる脂肪細胞の分化・増殖機能、グルコース感受性転写因子(ChREBP)とエネルギー貯蔵調節機構、肝臓におけるIrs2とインスリン抵抗性と耐糖能異常、アディポネクチンとインスリン感受性・筋持久力など、興味深い話題が、一般演題(30題)では新しい糖尿病モデル、糖尿病・肥満症などの成因、病態、治療等について最新の研究成果が報告され、活発な議論が展開されました。
2月の東京はまだ肌寒く感じられましたが会場は熱気にあふれ、最終日まで活発な討議や議論がなされました。会場のロビーが狭く、出席者の先生には大変ご迷惑をおかけしましたが、ポスター展示前では休憩時間などを利用して活発な討議が行なわれていました。参加者は延べ人数でおよそ200名弱となり、今までになく多数の参加者があったのでないかと思われます。ただ、学会会員以外の一般参加者が多数おられたので、今後そのような方々をどのようにして学会に入会していただくことが出来るかが本学会の課題の一つであると感じました。懇親会場は、夜景のきれいな本学入院棟17階の「タワーレストラン昭和」で行なわれましたが、多数の参加者が集まり会員相互の情報交換・交流の場として参加者の方々の記憶に強く残っていただけたとすれば、主催者として望外の喜びと存じます。最後に、会期中主催者として不手際が多々あったかと存じますがご容赦いただければ幸いです。なお、学会開催にあたり多数の企業の広告や協賛をしていただきましたが、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
糖尿病モデル動物の紹介(11)FLSマウスについて
深井綾1)、 藤澤智巳1) 、牧野進2) 、楽木宏実1)
1)大阪大学大学院医学系研究科老年・腎臓内科学講座
2)(株)ケー・エー・シー技術研修所
はじめに
近年、脂肪肝と糖代謝異常の病因論的な関連が注目されている。さらに脂肪肝の中でもその病理像がアルコール性肝炎に類似し、肝硬変から肝細胞癌に至るサブグループがあることが指摘され、非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholicsteatohepatitis;NASH)と認識されるようになった。このNASHも生活の欧米化・栄養の過剰摂取と消費バランスの乱れを基盤に全世界的に増加しており、NASHと2型糖尿病の病因論的な関連が注目され1)、NASHのモデル動物を用いた研究が望まれている。しかしNASHの病態そのものが未だに不明であることとNASHの自然発症モデル動物がこれまでなかったことを反映し、NASHと2型糖尿病を結びつけるメカニズムの解明は困難であった。これまで我々は近交系自然発症脂肪肝モデル動物Fatty LiverShionogi (FLS)マウス2)に注目し、このマウスがNASHに類似した肝病変を示すこと、さらにはこのFLSマウスの耐糖能、腎障害などについての検討を重ねてきた。
作出の経緯
塩野義製薬(株)油日ラボラトリーズの実験動物研究センターにおいて、実験動物中央研究所より導入した非近交系ddNマウスの近交系化の過程でいくつかのサブラインが作られ、そのなかに肝臓の黄色化が認められるマウスが多発しているコロニーが偶然見いだされた。そのコロニーより兄妹交配を繰り返して近交系化を進め、1985年に近交系ラインとして確立、FLSマウスと命名された。なお姉妹系統(DS、A3-1およびC1-2マウス)には脂肪肝は認められない。またその後、このFLSマウスに過食・肥満を導入することにより病態を増悪させることができないかという仮説のもと、FLSマウスにC57BL/6.V-Lepob/Lepobマウスのob遺伝子がバッククロス法により導入され、コンジェニックマウスFLS.V-Lepob/Lepobが作出された。
病態
FLSマウスの病態について、塩野義製薬(株)油日ラボラトリーズのSogaらの報告2)に加え、我々が明らかにしてきたことをまとめると以下のようになる。
- 摂餌量、飲水量はC57BL/6マウスと差がないが、体重は24週齢以降軽度高値を示す(♂約38g、♀約28g;48週齢)。
- 耐糖能は24週齢まではipGTTにて耐糖能障害の悪化が見られ24週齢では負荷後2時間値>200mg/dl 以上と明らかな糖尿病型を示す。この耐糖能の悪化にはインスリン抵抗性の増大が関与する。しかし、24週齢以後は耐糖能の改善がみられ48週齢ではC57BL/6マウスの耐糖能に近いレベルまで改善(寛解)が見られる。この耐糖能の改善にはインスリン分泌の代償的増加が寄与する。
- 皮下脂肪量はC57BL/6マウスと差がないが、肝重量は有意に高値を示す(♂約2350mg、♀約1180mg;48週齢)。
- 出生時においてすでに肝臓に微細な脂肪滴が多数認められるが、3週齢を過ぎるとHE染色で空胞として認めら れる脂肪滴が中心静脈周囲の肝細胞に観察される。15週齢になると小葉全域にわたって肝細胞は大型の脂肪滴に占められ、トリグリセリド含量は肝臓組織湿重量の約10%に至る。48週齢では炎症細胞の浸潤や小葉中心性に大滴性脂肪沈着を認め、NASHに矛盾しない所見(NASH activity score)3)を呈する。さらに40週齢を過ぎるころになると肝臓で腫瘍性結節の自然発症が認められる(雄>雌)4)。
- 血清AST、ALT値の上昇が認められる。
- 血清TG値、T-chol値は高値を示す。
- FLS.V-Lepob/Lepobマウスでは肥満、過食、著明な脂肪肝、著明な高脂血症を示す。また、肝腫瘍の発生時期が早まり、卵巣、子宮、精巣、精嚢の著しい萎縮が認められ生殖能力を欠く。
- 腎臓に関してFLSマウスでは尿中アルブミン量が高値を示し、腎糸球体は硬化像を呈する。FLS.V-Lepob/Lepobマウスではそのさらなる悪化が認められる。
まとめ
以上のことから、FLSマウスは脂肪肝(NASH)と糖尿病を自然発症するモデル動物として有用と考えられる。また、さらに加齢とともに2型糖尿病の寛解をきたすことより2型糖尿病の病態解明、新たな治療戦略の開発に向けて有用なモデルと考えられる。
参考文献
-
- Gholam PM, Flancbaum L, Machan JT et al: Nonalcoholic fatty liver disease in severely obese subjects.Am J Gastroenterol 102:399-408,2007
- Soga M, Kishimoto Y, kawaguchi J, et al: The FLS mouse: a new inbred strain with spontaneous fatty liver. Lab Anim Sci 49:269-75. 1999
- Neuschwander-Tetri BA & Bacon BR:Nonalcoholic steatohepatitis. Med Clin North Am 80,1147. 1996
- 稲垣秀一郎.脂肪肝―肝癌自然発症マウスFLS Molecular Medicine Vol36. No.4
- :448-451,1999