Vol.10 No.1 August 2006

号頭言 「日本糖尿病動物研究会の一層の発展に向けて」

東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科
門脇 孝

 この度、日本糖尿病動物研究会の会長に選出していただきました。本研究会は発足して20年目を迎えますが、創立者であり、初代会長の後藤由夫先生、また2代目会長の金澤康徳先生を中心とする先輩の先生方の御尽力により大きく発展してまいりました。この20年間、我が国の糖尿病モデル動物を用いた研究は、研究会発足当初の頃からの自然発症糖尿病モデル動物を用いた研究に加え、遺伝子操作を用いた糖尿病モデル動物の研究も大きく花開いています。その中で、糖尿病動物研究のリーダーとして国際的にも活躍してこられた先輩の先生方に加え、中堅・若手の優秀で熱意のある糖尿病動物研究者も数多く育っています。
 糖尿病と合併症の成因や治療に関する研究においては、動物モデルを用いた研究が不可欠であります。日本糖尿病動物研究会はこれまで、糖尿病動物研究に特化した唯一の研究会として研究の発展と人材の育成に大きな役割を果たしてまいりました。我が国のこの分野での研究が国際的にも極めて大きな貢献をしていることは会員の皆様もよくご存知のとおりであります。糖尿病と合併症の成因解明と治療法開発が正念場を迎えている現在、糖尿病動物研究会の使命は益々重みを増していると言えます。私は、この20年間の歩みに学びつつ、研究会を支えている多くの会員の皆様と一緒に、多くの新しい試みも意識的に取り入れながら、本研究会を益々発展させるために努力していきたいと考えています。
 この20年間の我が国あるいは世界の糖尿病に関連した重要な出来事は肥満の増加による糖尿病・メタボリックシンドロームの増加及びこれに関連した研究領域の目ざましい発展であります。その中でブレークスルーとなったのがob/obマウスの分子遺伝学的解析に基づくFriedmanらによるレプチンの発見(1994)です。レプチンの発見によってはじめて、肥満を分子レベルで理解する基盤が創出され、その後食欲調節やエネルギー代謝調節の分子機構の解明に向けた目を見張るような研究が展開してきました。また、これらの一連の研究は、肥満を基盤とした糖尿病の発症におけるレプチンを分泌する脂肪細胞、またレプチン受容体が存在する視床下部の重要性を分子レベルで明確にし、従来の膵β細胞、肝臓、骨格筋を中心とした、すなわちインスリン分泌とインスリン作用を中心とした糖尿病の研究のパラダイムを大きく拡げることになりました。脂肪細胞はレプチンの発見以前、1990年台前半より、多くの生理活性物質(アディポカインと総称する)を分泌し肥満に伴う糖尿病の成因に重要な役割を果たすことが明らかになってきました。更に、内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性を基盤として糖尿病やその予備群、高脂血症、高血圧を合併するメタボリックシンドロームという病態概念も1980年台後半から提唱されました。メタボリックシンドロームは糖尿病と心血管病の高リスク群としてとらえられ、我が国でも近年その診断基準が策定され、少なく見積っても日本人で1960万人がメタボリックシンドロームあるいはその予備群であることが明らかにされています。厚生労働省もメタボリックシンドローム対策を糖尿病対策の重要な柱の1つとして位置付けています。このような状況を反映して日本糖尿病動物研究会での演題にも肥満やメタボリックシンドロームに関するものが年々増えており、糖尿病の成因や治療法を視床下部や脂肪組織の視点から解析する実験動物研究も大きく増加しています。
 このような流れをふまえ、日本糖尿病動物研究会についてもその魅力を一層高めより多くの若手研究者を牽引するために、研究会の名称に肥満という言葉を入れたら良いのではないかという意見をいただいています。この点については、幹事会でも、そのような方向で意見が集約されつつありますが、広く会員の皆様のご意見をお寄せいただければと考えています。
 結びにあたって、今後の日本糖尿病動物研究会の一層の発展に向けて、本研究会を支える各分野の研究者、臨床医、実験動物あるいは製薬関連企業の研究者など、会員の皆様のご協力を何卒よろしくお願いいたします。

第20回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて

共立女子大学 家政学部臨床栄養学研究室
井上 修二

 先ず、最初に年次学術集会を無事終了致しましたことは会員の諸先生及び関係者の方々のご協力のお陰と感謝申し上げます。
 今回の年次学術集会の前に第20回を契機として本研究会をどの方向に進めるか「あり方委員会」による検討が行われました。確かに今までの雑種交配を重ねてモデル動物を確立する方法や、偶然の突然変異を利用してモデル動物を確立する方法による糖尿病モデル動物作成は転機を迎えています。しかし、それらに代わって遺伝子改変を利用したモデル動物によって糖尿病の病因や病態の研究が浮上してきました。会員の先生方の一部には本研究会を休会とするという意見もありましたが「あり方委員会」により本研究会を遺伝子改変動物や肥満動物モデルを加えた新しい研究会に近い将来、改めて、新しい執行部により新たな発展を期す方向が決まりました。そして近い将来は学会に発展させる方向を目指すことも決まりました。以上の方向性を踏まえて本学術集会は糖尿病と肥満動物研究の懸け橋となるようプログラムを作成しました。
 特別講演「糖尿病動物モデル‐pathology of pancreatic β-cell」の清野裕先生、イブニングレクチャー「発生工学的手法を用いた糖尿病の分子機構の解明‐オーダーメイド医療への基盤機構」の門脇孝先生の両先生は夫々ライフワークに基づいた良い講演をして下さいました。3つのシンポジウムのうち2つは「新しい糖尿病治療と遺伝子」「糖尿病モデルと糖尿病合併症の治療」というテーマで遺伝子機構にもとづき開発されつつある新しい糖尿病薬の話題と糖尿病モデル動物を利用した糖尿病の合併症研究につき討議していただきました。もう一つのシンポジウムは肥満関連のものでテーマを「新規GPCRリガン ドと摂食・エネルギー代謝調節」とし、発展著しい新しいGPCR関連の摂食因子の発見課程と現状につき討議していただきました。
 ワークショップは2つ設置し、一つは「糖尿病モデルと糖尿病の諸病態」というテーマで最近の糖尿病における話題と日頃あまり取り上げられない糖尿病の合併症などにつき討議していただきました。もう一つは「糖尿病・肥満遺伝子改変動物‐病因・病態と治療」をテーマとし、広く公募しましたが、9題の応募があり夫々ユニークな話題を提供していただきました。いずれのセッションも大変好評で企画者としては嬉しく思いました。一般演題も糖尿病と肥満に関連する興味深い演題が28題集まりました。
 本学術集会は東京で開催したためか参加者が約200名と多く、又2日間では収まりきらない程、盛り沢山のプログラムでしたが、参加の方々も2日目の最後まで熱心に聞いて下さいました。
 最後に、本学術集会が成功裡に終了しましたことを会員はじめ関係者の方々に感謝申し上げますとともに今後の本研究会の一層の発展を祈念し、第20回日本糖尿病動物研究会年次学術集会の報告と致します。

糖尿病モデル動物の紹介(9)1型糖尿病モデルKDPラット

神戸大学大学院医学系研究科細胞分子医学
横井 伯英

KDPラットの確立
 Komeda diabetes-prone(KDP)ラットは東京医科大学の故米田嘉重郎博士(2003年1月逝去)によって確立された1型糖尿病の動物モデルである。大塚製薬㈱の河野一弥博士らから1型糖尿病モデルとしてLong-Evans Tokushima Lean (LETL)ラットが報告されていたが、その糖尿病発症率は約30%と低かった。米田博士はこのLETLラットを起源として交配をくり返し行い、糖尿病を高率で発症するKDPラットおよび糖尿病を発症しないKomeda non-diabetic (KND)ラットを確立した1)。

病態
 KDPラットは50日齢以降、性差なく糖尿病を発症し、120日齢時における糖尿病の累積発症率は約70%、220日齢時で約80%に達する1)。発症個体は全て重度の膵島炎を呈し、発症しなかった個体においても、軽度から中程度の膵島炎が認められる。基本的にLETLラットと同様の病態を示すが、膵島炎はより重度である。また、BBラットでみられるリンパ球減少症は認められない。糖尿病発症個体においては膵臓の他、特に 甲状腺にリンパ球浸潤が認められることが多い。糖尿病の発症が遅れた個体または発症しなかった個体においては、膵臓の他、甲状腺、顎下腺、腎臓、下垂体、副腎など様々の臓器にリンパ球浸潤が認められることがある。糖尿病を発症した個体の生存にはインスリン治療が必須である。

病因(原因遺伝子)
 KDPラットにおける膵島炎および1型糖尿病の発症には第11染色体上のIddm/kdp1遺伝子座と第20染色体上のMHC遺伝子座という2つの主要な遺伝子座が関与し、これら2つの遺伝子座によって遺伝的感受性の大部分が規定される2)。2002年、ポジショナルクローニングによってIddm/kdp1遺伝子座の本体がCblb (Casitas B-lineagelymphoma b) 遺伝子におけるナンセンス変異であることが同定された3)。Cblbの変異はT細胞の異常な活性化を導き、様々の臓器にリンパ球の浸潤を引き起こすなど、自己免疫反応を規定する。一方、KDPラットが有するMHCのRT1 uハプロタイプはラットにおいて広く存在し、膵島炎および1型糖尿病に感受性であることが知られている。このハプロタイプのMHC class II分子は膵β細胞抗原(未同定)に対する結合特性を持ち、膵β細胞抗原に反応するT細胞の活性化を導くと考えられる。このことから、MHCは膵β細胞に対する組織特異性を規定すると捉えることができる。KDPラットではこれら2つの要因が揃ったため、膵β細胞に対する自己免疫反応である膵島炎が引き起こされ、膵β細胞が破壊されて最終的に1型糖尿病を発症すると考えられる3, 4)。

分離型近交系KDPラットの確立
 KDPラットは新規の1型糖尿病モデルとして利用されることが期待されたが、糖尿病発症個体の繁殖性が悪く、これまでKDPラットを維持・繁殖し、実験に使用することは極めて困難であった。この問題を解決するため、米田博士はKDPラットを分離型近交系として確立することを試みた。第11染色体上のCblb遺伝子座を含む領域がヘテロ型の個体同士の交配では繁殖性に問題がないことから、ヘテロ型同士の交配によって系統維持を8世代に渡って行い、分離型近交系KDPラットの確立に成功した5)。210日齢までに、Cblb変異のホモ型個体は約80%が糖尿病を発症するのに対して、ヘテロ型および野生型の個体は全く糖尿病を発症しない。ホモ型個体の糖尿病発症率、発症日齢、膵島炎の程度など、分離型近交系におけるホモ型個体の特性はこれまでのKDPラットと同様である。分離型近交系KDPラットの確立によって系統維持と生産の問題が解決された。今後、本系統は1型糖尿病を含む自己免疫疾患の研究において極めて有用な動物モデルになると考えられる

臨床への応用、有用性
 KDP ラットは病態の発症にMHCが関与している点については、1型糖尿病のモデルとして頻用されているNODマウスやBBラットと共通している。一方、糖尿病の発症に性差がないこと、Tリンパ球の減少がないこと等、これらのモデルと異なった特徴を有しており、ヒト1型糖尿病のモデルとして有用性が高い。また、膵臓の他、特に甲状腺にリンパ球浸潤が認められることから、自己免疫性甲状腺炎のモデルとしても利用可能と考えられる。

入手方法
 KDPラット(分離型近交系KDPラット)およびそのコントロール系統であるKNDラットはナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」(代表者:京都大学・芹川忠夫博士)に寄託され胚保存されており、生体は日本エスエルシー㈱から入手可能である。


参考文献
1. Komeda K, Noda M, Terao K, et al. (1998) Establishmemt of two substrains, diabetes-prone and non-diabetic, from Long-Evans Tokushima Lean (LETL) rats. Endocr. J.45:737-744
2. Yokoi N, Kanazawa M, Kitada K, et al. (1997) A non-MHC locus essential for autoimmune type I diabetes in the Komeda diabetes-prone rat.J. Clin. Invest.
3. Yokoi N, Komeda K, Wang HY, et al. (2002) Cblb is a major susceptibility gene for rat type 1 diabetes mellitus. Nature Genet. 31:391-394
4. Yokoi, N. (2005) Identification of a major gene responsible for type 1 diabetes in the Komeda diabetes- prone rat. Exp. Anim. 54:111-115 (Review)
5. Yokoi N, Namae M, Fuse M, et al. (2003) Establishment and characterization of the Komeda diabetes-prone rat as a segregating inbred strain. Exp. Anim. 52:295-301

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