Vol.7 No.2 November 2003

号頭言 「糖尿病研究史に見る動物利用と動物モデルの開発」

仲間 一雅

 古来、医師や科学者達は、臨床所見や生理現象など生体情報をもとに疾病の成因・病態または生体機構に関する仮説を提唱し、動物実験によって仮説を実証しており、生命科学の発展に寄与する多大な業績を残してきた。昨今批判の的にされている動物実験が、生命科学の研究に不可欠な手段であり、実証の科学であるとする所似は、先人達が積みあげた膨大な実績と記録に残る史実に基づいている。
 糖尿病研究の歴史は極めて古く、紀元前1500年以上も前のものとされるパピルス・エベルスに多尿についての記載があるとされるが、最初に糖尿病の詳細を記載したのは、紀元2世紀頃トルコ領のカッパドキアに住んでいた医師Aretaeusとされている。しかし、その観察は「Diabetesは不思議な病気で肉や手足が尿に溶けだし、腎臓と膀胱がおかされ、患者は水道口から流れ出るごとくに絶え間なく水を作る云々」と言うものである。このように観察歴史の古い糖尿病も、その成因は19世紀後半まで確定しておらず、1次的障害が肝臓にあるとする説と腎臓にあるとする説があったようである。
 糖尿病が膵臓の機能と関係があることを初めて報告したのは英国の医師Thomas Cawley(1788年)であるとされている。Cawleyは、重症糖尿病患者の死亡例を剖検して膵臓の広範囲な硬化・結石の存在・膵組織の全般的な萎縮を観察し、糖尿病の主因は膵臓の機能障害であることを提唱した。しかし、この学説も提唱から実に100年を経過して、1889年にMinkowskiとMeringがイヌの膵臓全摘出による糖尿病発症を実証することによって、糖尿病と膵臓の関係が不動のものとなったことが史実として記録されている。 糖尿病に関連した動物実験は19世紀後半から精力的に行われており、膵臓の組織形態的・機能的研究において、ラ氏島の発見(Langerhans ; 1869年)、ラ氏島の内分泌機能の確認(Laguesse ; 1893年)、ラ氏島を構成するA(α)・B(β)・D(δ)細胞の識別(Lane ; 1907年、Bloom ; 1931年、ほか)などがイヌ、ウサギ、モルモットなどを用いてなされた。また、1922年にはBantingとBestがイヌの膵臓からインスリン抽出に成功し、β細胞はインスリン(Richardson ; 1938年)を、α細胞はグルカゴン(Staub ; 1955年)を、δ細胞はソマトスタチン(Hellman; 1960年)を産生する細胞であることなど、糖代謝機構解明の基礎となる器官組織の構造及び機能が多くの動物を用いて明らかにされた。そこで用いられた動物モデルは主として膵摘糖尿病モデルであったが、次いで薬剤誘発糖尿病モデル(アロキサン糖尿病 ; Dunn ; 1943年, ストレプトゾトシン糖尿病 ; Rakieten ; 1963年)が開発され、また、ウイルス誘発糖尿病(EMCウイルス ; Craighead ; 1968年)、インスリン抗体誘発及びホルモン誘発糖尿病の動物モデルが開発された。しかし、これらの動物モデルは続発性糖尿病のモデルであり、人為的作出が困難であった原発性糖尿病の病態モデルは自然発症糖尿病動物の発見に期待が寄せられた。
 自然発症糖尿病動物は、1950年の肥満高血糖マウス(ob/ob)の発見に始まり、以後特性のある動物モデルが相次いで開発された。これらの動物モデル開発が糖尿病の学識向上及び医療技術の飛躍的発展に貢献したことは周知の通りである。糖尿病モデルは、他のヒト疾患モデルに比べて最も多く開発されており、現在24~5種類(系統)が確立されている。その内の14~5種類は日本で開発されたものであり、12の動物モデルが一堂に会し、第8回糖尿病動物国際ワークショップで紹介された。
 言うまでもなく、動物モデルは、ヒト疾病との部分的類似性を利用し、多くの実験で得られた情報の総合知見に基づいてヒト疾患の成因や病態を類推する手段として利用するものであるため、出来るだけ多種多様の動物モデルの開発が望まれる。しかしながら、自然発症動物モデルの開発は容易ではない。現在確立されている動物モデルは、殆どが動物飼育中における疾患動物の偶然の発見によるものであり、または学識と経験をもとに計画的に作出されてきたものである。 これらの動物モデルの開発には、形質維持のための選抜交配や育成など、長年月の地道な努力と労力及び莫大な経費を要するものであり、開発に関わる当事者の情熱と忍耐そして企業等の理解と支援に負うところが大である。また、動物モデルの開発にはヒト疾患についての知識が重要であることは言うまでもない。
 本研究会は、臨床医学・基礎医学・実験動物学各領域の研究者による学術集会と産学協議会で構成されている特色があり、研究に必要な病態モデルの提言、疾患動物の発見や育成中モデルの特性・知見の提示など相互に情報を交換して、動物モデル開発を推進し、動物モデルから学び、糖尿病の病因・病態を究明する、理想的な「プロジェクトチーム」であると思っている。

第18回日本糖尿病動物研究会年次学術集会の開催にあたって

和歌山県立医科大学内科学第一講座
南條 輝志男

 このたび、第18回日本糖尿病動物研究会年次学術集会の会長を仰せつかりました。伝統ある本会を担当させて頂くことを、たいへん光栄に存じております。第18回の学術集会は平成16年1月23日、24日に和歌山市(和歌山東急イン)において開催いたします。多数の皆様のご参加をお待ちいたしております。
 2003年の厚生労働省糖尿病実態調査によると、本邦では「糖尿病が強く疑われる人」は740万人、「糖尿病の可能性を否定できない人」は880万人、合計1620万人(国民全体の約13%)の耐糖能異常者が存在すると推定されており、1997年より250万人も増加しています。糖尿病はまさに「21世紀の健康対策」を考える上で最も重要な疾患であると言えます。近年、新しいインスリンアナログ製剤や作用特性の異なる種々の経口薬が実地臨床の場で使用されるようになり、糖尿病治療には著しい進歩がみられますが、発症予防に関してはなかなか確かな成果が見出せないようです。最近の目覚しい治療薬の進歩には糖尿病動物を用いた基礎研究が大きな役割を果たしてきたことは言うまでもありません。さらに、1型および肥満2型糖尿病モデル動物を用いた研究では発症予防に関しても研究されております。このように、本研究会はこれからも糖尿病の基礎研究において中心的な役割を果たしてゆくものと期待されております。
 第18回学術集会の特別企画としては、京都大学糖尿病・栄養内科学の清野 裕教授に「遺伝子改変によるモデル動物と糖代謝異常」と題する特別講演を、大阪大学微生物病研究所の菊谷 仁教授には「1型糖尿病の免疫学:NODマウスからのレッスン」と題する教育講演をお願いしております。また、一般演題の中からの選抜も含めていくつかのワークショップを計画しております。
 紀州、和歌山の気候は温暖ですので、1月といっても雪の降ることはほとんどありません。また、交通も関西空港からバスで約40分とそれほど不自由をおかけすることはないと思います。研究会会場および宿泊施設には和歌山市内の中心部にあり、近くに和歌山城を望むことのできる施設をご用意いたしました。冬の和歌山は“紀州・有田みかん”など山海の幸が豊富なところでもありますので、新鮮な食べ物と地元の酒を用意して心尽くしのおもてなしをさせていただきたいと考えております。また、車で1時間ほどのところに白浜温泉や高野山などの景勝地もございます。研究会の前後に時間がございましたら是非ともお運びいただけましたら幸いです。
 日本全国の臨床・基礎・民間研究施設の研究者が一同に会する本研究会が実り多いものになりますよう、教室員一同、誠心誠意努力する所存でございます。一人でも多くの先生方が、本学術集会に参加され、活発な議論が展開されますことを願っております。

賛助会員の研究(5)日本たばこ産業株式会社(JT)の研究内容紹介

JT医薬総合研究所・生物研究所
松下 睦佳

 JT医薬総合研究所では、国際的に通用する「特色ある研究開発主導型事業」をめざし、成人病治療薬をはじめとする独創的新薬の創出に向けた研究開発に取り組んでいます。なかでも代謝性疾患領域は重点領域の1つであり、カリフォルニア州に米国チュラリック社と共同で発足させたチュラリック・ファーマシューティカル社と共に、積極的に研究開発活動を推進しています。
 代謝性疾患領域の創薬研究においては、糖尿病モデル動物による評価は重要な位置を占めており、当研究所においてもKK-Ayマウス、ob/obマウス、db/dbマウス、Zucker fattyラットなど多くのモデル動物を使用しています。また当研究所では、既存のモデル動物に加え、新規に樹立したSDT(Spontaneously Diabetic Torii)ラットを用いた各種基礎研究も精力的に行っています。SDTラットは1997年にグループ会社である鳥居薬品にて新規に樹立した自然発症2型糖尿病モデル動物です。本会ニュースレターVol.6(2002)にも紹介されておりますように、SDTラットは糖尿病態が進行すると網膜毛細血管からの高度な蛍光漏出、毛細血管基底膜の肥厚、増殖膜の形成および牽引性網膜剥離といったヒト増殖網膜症の所見を呈します。既存の糖尿病モデル動物に増殖網膜症まで進行する系統がないことから、SDTラットがヒト糖尿病網膜症の成因解明及び治療薬の開発に有用な合併症モデルになると考え、網膜症発症機序に関する基礎研究も創薬研究と並行して行なっています。また、SDTラットの糖尿病発症に関する遺伝的背景を利用して、既知遺伝子をSDTラットに導入した新たなコンジェニック系統の育成も行っており、糖尿病の発症を早期化する試みや、SDTラットの遺伝的背景が糖尿病発症に及ぼす影響についても研究を行っています。
 この様に代謝性疾患グループでは、海外研究機関と共同研究、SDTラットや開発中のコンジェニック系統などを駆使し、次世代のインスリン分泌不全治療薬、インスリン抵抗性改善薬など、膵臓、肝臓、脂肪、筋肉をターゲットとした糖尿病治療薬の創生を目指しています。また、Cholesteryl ester transfer protein阻害薬(JTT-705:Nature, Vol.406, No.6792(2000))などの高脂血症治療薬や抗肥満薬の開発研究も同じグループ内で行っていることから、糖代謝のみならず、Metabolic Syndromeと呼ばれる代謝性疾患全体の治療にも貢献したいと考えています。