Vol.7 No.1 May 2003

号頭言 「環境とモデル動物」

塩野義製薬油日ラボラトリーズ
(現:(株)ケー・エー・シー生物科学センター)
牧野 進

 私は昨年塩野義製薬を退職するまで、長い間疾患モデル動物の育種に携わってきた。この間に1型糖尿病のモデルであるNODマウスをはじめとして、ODSラット(アスコルビン酸合成能欠如)、NPSラット(ネフローゼ)、FLSマウス(脂肪肝)、Non-hairマウス(アトピー性皮膚炎)等種々のモデル動物の開発にかかわり、モデル動物から多くのことを学んできた。その中で、モデル動物の病態発現における環境の影響と原種管理の重要性について述べてみたい。
 1959年に、RussellとBurchは実験動物の演出型の決定という概念を提唱した。すなわち、実験に供される動物生体が形成されるまでの過程として、3種類の型(遺伝子型、表現型、演出型)と2種類の環境(発育環境、近隣環境)を設定し、表現型は遺伝子型に母胎内および哺乳期の発育環境が影響して形成されるものであり、その表現型にさらに飼育環境や実験環境等の近隣環境が作用を及ぼし演出型は決定されるというものである。そして動物実験の成績は、この演出型を取り扱うものであるとした。この概念は、わが国の実験動物学の先覚者である安東洪次、野村達次の両先生が1960年に著した「医学研究と動物実験」(朝倉書店)で紹介され、わが国の実験動物学の近代化に大きな影響を与えてきた。
 RussellとBurchの概念は、実験動物学の教科書には必ず記載されているので、私は演出型決定に至るまでの環境の重要性について理解しているつもりでいた。しかし、身をもって具体的に理解したのは、モデル動物を詳細に観察するようになってからである。私は、近交系として確立された自然発症のモデル動物は、その遺伝的背景が均一であることから、病態発現への環境の寄与はそれ程大きくはないであろうと思っていた。しかし、疾患モデル動物の病態発現における環境の影響は、私の想像以上に大きなものであることが分かった。とくにポリジーンによる疾患の場合、環境の異なる研究施設間で病態を一定にコントロールすることは困難なことの方が多いことを知った。NODマウスも例外ではなく、1980年の公表以来世界各地で使用されてきたが、研究施設間における糖尿病発症率の差は度々問題にされてきた。例えば、1989年にアリゾナで開催されたNODワークショップでは、NOD/Shi雄マウスの糖尿病発症率は10-15%であったのに対し、NOD/Auk雄マウスのそれは1%以下、NOD/Lt雄マウスのそれは40-70%、NOD/Edm雄マウスの発症率に至っては100%と、施設間で大きな差が報告された。
 NODマウスのような多因子遺伝疾患モデルのみならず、単一遺伝子モデルにおいても環境因子による影響が観察される。アスコルビン酸欠乏により壊血病を発症するODSラットの原種は初産仔から壊血病を示すが、分与した研究施設の中には3産目以後の仔にはじめて壊血病を示す動物が出現した例もあった。また、Non-hairマウスの皮膚炎は、コンベンショナル環境では若齢時より高率に出現し、かつ重度であったが、SPF環境に移すと皮膚炎の発症は著しく低率となり、その程度も軽度に変化した。前述した私の関与したモデル動物の中で、環境による病態の修飾がみられなかったのは、外部施設で動物が維持されることのなかったNPSラットだけである。
 このように、自然発症のモデル動物の病態は環境により変化を受けやすいことは明白である。しかし環境による病態の修飾といっても単一の要因で起きることは少なく、施設間における病態発現の差の要因を解明することは容易ではない。前述したNODマウスのワークショップのように、発症率の差が問題となった時、よりどころとなるのはオリジナル施設の原種の状態である。原種の病態が変化しているとよりどころを失い、知らぬ間に発言力の強い施設の動物がスタンダードになるとも限らない。私が原種管理の重要性を強調するのはこのためである。
 因みに、NODマウスは両親または片親に糖尿病の発症を認めた仔を次世代の親にするという選択方法を用い開発されたが、塩野義ではこの方法を原種の継代にも採用し、少なくとも70世代に至るまで糖尿病の発症率に変化は生じなかった。
 2001年に東京で開催されたLADⅧ において、日本で開発された12種類の糖尿病のモデル動物がパネルで紹介された。このような企画が可能なのは日本だけのことであろう。ポストゲノム時代を迎え、cDNAマイクロアレイやDNAチップを用い、遺伝子発現やその産物の機能解析が、細胞または臓器レベルでリアルタイムにおこなわれようとしている。糖尿病のモデル動物の利用も新しい段階を迎えようとしている。日本で開発された糖尿病のモデル動物の適切な原種管理を望みたい。

第17回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて

弘前大学医学部病理学第一講座
八木橋 操六

 「糖尿病学会」や「糖尿病学の進歩」など数千人を超える参加者がある大きな学会は宿泊施設や交通の事情から大きな都会でなければできなくなってきています。地方の活性化のためには、それでもある程度の学会や会議を開いて、全国からの参加者にその地方の特色を知っていただくことはとても大切なことと思われます。また、学会で勉強すると同時に、地方ならではの良さを大いに楽しむことも、学会参加の醍醐味ではないでしょうか。今回、第17回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を本年1月17、18日の2日間にわたってを青森県八戸市にて開催させていただきました。全国からの参加者をお招きするにあたり、ちょうど八戸市には盛岡以北の新幹線が延伸し、交通の便にもご不便をかけないで済むという配慮からです。時期的に糖尿病動物研究会はいつも2月上旬に開催しているのですが、今回はその時期、青森県でアジア冬季競技大会が開催されることから、青森県内のホテルがすべて押さえられており、止むを得ず1月の開催となりました。大学入試センター試験と1日重なっており、ご都合の悪い方がおられたと思います。1月といえどもいずれの週末もいろいろな行事と重り、学会を開催する日程の決定にはいつも苦労させられるところです。
 今回の学会では、糖尿病動物モデルが糖尿病研究に重要な役割を果たしてきた原点に返り、特別講演、イブニングレクチャーをそれぞれ新潟大学名誉教授藤田恒夫先生、東北大学名誉教授後藤由夫先生に「ランゲルハンス島の40年」「糖尿病動物ものがたり」という演題名でご講演いただきました。また、最新の話題や研究成果をも盛り込むことから、ワークショップには、「肥満と糖尿病」「動物モデルからみた合併症」の2つのテーマを挙げました。藤田先生には、膵ランゲルハンス島の研究の歴史とその美しい形態の写真をたくさん出していただきました。膵島における神経支配、さらに膵島辺縁にあるシュワン細胞の存在など、まさに多くの芸術的な写真を余すことなく示していただきました。おりしも、最新のNature Medicine2月号の表紙にSchwann cells in diabetesというテーマが載っており、糖尿病の免疫や、1型糖尿病の発症についての神経系組織の役割が改めてホットな話題となっています。この糖尿病成因の新たな展開がなされようとしているその土台が既に30年前の藤田先生のお仕事に見出されていたことは驚きでもあり、先生の先見の明に改めて感銘を受けているところです。一方、後藤先生のお話はわが国が世界に誇る、糖尿病動物の開発の歴史をユーモアをまじえてお話していただきました。現在1型モデルのNODマウスや2型のGKラットは既に国際的にその位置を確立していますが、そこに至る過程は並大抵のものではなかったかと思われます。GKラットにおきましては、飼育途中で大洪水にあったり、予期せぬ感染などあり、維持続行が危ぶまれたこともありましたが、担当された先生方の情熱によって現在の姿があるものです。筆者は、GKラットの開発のときにちょうどその病理組織を検索するという立場に恵まれ、その仕事を続けてこれたことは幸運なことでありました。藤田恒夫先生、後藤由夫先生のユーモアと含蓄にあふれるお話し振りは聴衆の皆様を深くひきつけたものと思われます。ワークショップも合併症と肥満についての最新の話題をテーマとしましたが、スピーカーの先生方の高いレベルの内容で、非常に充実した内容となりました。とくに、動物モデルを用いるとともに細胞生物学的研究を加えた解析、さらにはアディポネクチンなどのような特異的な分子を標的として遺伝子改変マウスを作成しその変化をみることなど、研究の手法の進展がとくに目立ちました。
 今回の研究会にも座長としてお願いしておりました、米田先生が急にお亡くなりになりましたことは大変残念なことと思っております。先生には、実験動物の扱いから、その意義まで多くのことを教えていただきました。これから益々お世話になっていくところでありましたのにまさに痛恨の限りです。ここにご冥福をお祈り申しあげます。
 学会場には温泉施設もあり宿泊の方は温泉を楽しまれたことと思われます。また、懇親会では、雪の津軽から津軽民謡グループに来て貰い、津軽三味線をバックに津軽民謡、手踊りなど披露して貰いました。味わいのある津軽三味線の音色に皆さん楽しまれたでしょうか。地方の特色から、食べ物、飲み物だけは豊富にということで、地酒や八戸の海鮮類、さらには近場の有名な牛肉の田子牛など用意しましたが、いかがでしたでしょうか。
 今回の学会の開催にあたり、金澤会長をはじめとして学会の幹事の先生方、また当日は座長をしていただきました先生方、さらには素晴らしい研究発表をしていただきました先生方に深く御礼申し上げます。

糖尿病モデル動物の紹介(6)NSYマウス

愛知学院大学
柴田 昌雄

1.はじめに
 先進国のみならず途上国においても2型糖尿病は近年急激に増加している。これらの糖尿病者は10~20年の罹病後には殆んどが血管合併症を併発する。この合併症が予後を左右していることは周知の通りである。我が国においては細小血管症の一つである糖尿病性腎症(以下腎症)による腎不全により透析に至るものが激増している。因に日本透析医学会統計調査委員会の報告によれば、2001年度に透析に導入された総数31,969名中、腎症腎不全によるものは12,176名(38.1%)であり第一位となっている。この様な我が国における腎症の頻度の高い事実は、すでに第4回日本糖尿病学会の宿題報告で阪大吉田常雄教授が、入院糖尿病剖検例の死因を調査され、22.8%が腎死であったと述べておられる。私どもはこの腎症の成因解明が重要と考え1964年より研究に着手した。その研究の途上で成因解明の手段として腎症モデル動物の必要性を痛感した。この様な背景のもとに私どもは以下に述べる様な経緯でNSYマウスの作製に至ったのである。

2.作製の経緯
 1968年Camerini-DavalosグループのTreserら 1) によってKKマウスの腎にヒト類似の腎病変が報告された。直ちに私どももKKマウスの腎を形態学的に検討し、その病変が加齢と関連あることを報告 2) した。この腎病変が実験的糖尿病マウスの腎の変化と比較検討することが重要と考えた。そのために塩野義製薬K.K.油日ラボラトリースで飼育されていたJCL-ICRマウスの分与をうけ実験に供した。ストレプトゾトシン50mg/kgをICRマウスに投与し長期飼育した。その糖尿病ICRマウスを交配しF1をえた。そのF1マウスの腎を観察した処、Pマウス腎より高度の変化を認めた。この事実に興味を持ち、以後GTTを指標として選抜交配を繰り返した。その結果F7より耐糖能異常が持続する様になり、NSY(Nagoya. Shibata. Yasuda)マウス(近交系)の作製が確立 3) された。以上述べた如く本マウスの作製の動機は腎症モデルを得たいことにあったわけである。

3.糖尿病マウス系統
 NSYマウスはICRマウスより作製されたが、後日同じICRマウスの系よりNODマウス、NONマウスが作出されていたことが判明した。このことは1型糖尿病モデルのNODマウスと2型糖尿病モデルのNSYマウス(病態については後述する)とが同一のoriginより出現していることであり、興味ある点である。阪大池上ら 4) のグループはこの点に注目し、両マウスの共通糖尿病遺伝子を検討しつつあるが、まだ確定的な結果には至っていない。

4.病態
 NSYマウスの糖尿病および腎病変の病態については、私どもはこれ迄に幾つか報告 5) 6) してきた。特に1990年代に入ってからは阪大池上博司助教授のグループの精力的な研究があり、NSYマウスが2型糖尿病モデルであることがより確実なものとなった 7)。
糖尿病病態の概要 8) 9)
累積糖尿病発症率は雄98%、雌32%で性差を認める。
肥満傾向を示し、レプチン抵抗性も観察されている。
インスリン抵抗性については空腹時血中インスリンは高値を示し、インスリン負荷テストにおいて血糖低下が抑制されている。
インスリン分泌については糖負荷時のインスリン分泌低下を認めている。
膵ラ氏島の肥大像を認める。
合併症の概要 3) 5) 6)
腎糸球体毛細血管基底膜の肥厚、メサンギウムの増加を認める。
網膜毛細血管基底膜の肥厚が観察されている。
5.遺伝子解析 7) 10)
 阪大池上らによりなされ、以下の結果をえている。すなわちNSYマウスとC3Hマウスとの交配でえたF2マウスの解析より、NSYマウスの耐糖能異常はpolygenicであり、そのメジャーな遺伝子の効果は優性である。さらに3つの主要なQTL, Nidd1n(染色体11番), Nidd2n(14番), Nidd3n(6番)がマップされた。Nidd1nは耐糖能障害、Nidd2nはインスリン抵抗性を惹起するものであることが判明した。

6.まとめ
 以上述べた如くNSYマウスは2型糖尿病モデルとして適切と考えている。今後本マウスが病因解析の一助として多くの研究者に利用されることを願っている。
参考文献
1. Treser G., et al. : Glomerular lesion in a strain of genetically diabetic mice. Soci. Exp. Biol. Med. 129, 820. 1968.
2. 柴田昌雄ら : 糖尿病性血管障害の成因に関する研究(第1報)KKマウスの腎病変について. 糖尿病16, 412. 1973.
3. Shibata M., et al. : New experimental congenital diabetic mice (N. S. Y. mice). Tohoku J. Exp. Med. 130, 139. 1980.
4. 馬場谷成ら : 1型2型糖尿病の共通遺伝子に関する研究 : 機能的かつポジショナルな候補遺伝子Nucleoredoxinの塩基配列解析. 第17回日本糖尿病動物研究会. 講演抄録集P.57. 2003.
5. Shibata M : Microangiopathy in diabetic NSY mice. In Diabetic microangiopathy. Ed by Abe H and Hoshi M. University of Tokyo Press 457. 1983.
6. 柴田昌雄ら : NSYマウス.Diabetes Frontier 9, 465. 1998.
7. Hamada Y., et al. : Insulin secretion to glucose as well as nonglucose stimuli is impaired in spontaneously diabetic Nagoya-Shibata-Yasuda mice. Metabolism 50, 1282. 2001.
8. Ueda H., et al. : The NSY mice:a new animal model of spontaneous NIDDM with moderate obesity. Diabetologia 38, 503. 1995.
9. Ueda H., et al. : Age-dependent changes in phenotypes and candidate gene analysis in a polygenic animal model of type 2 diabetes mellitus : NSY mouse. Diabetologia 43, 932. 2000.
10. Ueda H., et al. : Genetic analysis of late-onset type 2 diabetes in mouse of human complex trait. Diabetes 48, 1168. 1999.