Vol.6 No.1 July 2002

号頭言 「三内丸山縄文遺跡に思う」

弘前大学医学部病理学第一講座
八木橋 操六

 雪に埋もれた長い冬がようやく終わり、いろいろな花が一斉に咲き乱れるのが津軽の春の特徴である。人々は抑鬱された季節から明るい陽光のもと、外にでて叫んで歩きたい衝動にかられるほどになる。今年は全国的に暖冬の影響か、津軽でも例年に比べ桜の花が2週間以上も早く咲き、ゴールデンウィークには弘前城の桜も終わり、むしろつつじの花が咲き始めていた。下北半島の入り口の横浜町は菜の花畑で知られている観光地だが、例年5月中旬のお祭りが今年はちょうど連休中に花が盛りとなり、車と人であふれていた。この季節には、小生のもとに国内外からのお客が訪れるのが常で、ともに近郊の名所や山野の散策を楽しむことにしている。
 御存知の方も多いと思うが、青森市郊外に数ヘクタールに及ぶ巨大な縄文時代遺跡の三内丸山がある。この巨大遺跡が発見されたのはわずか10年くらい前のことだが、その内容がセンセーショナルな余り、当時司馬遼太郎をもってして「日本の文化のルーツを変えるほどの発見」といわしめたほどのものである。国の特別史跡に指定されたいまも、あちこちでなお採掘が行われている。この連休中も知人を連れて行ってきたが、訪れるたびに興味深いものを発見できる。とくに4000年以上前の縄文人の日常生活の内容を窺える多くのものをみることができる。そこには縄文時代の住居跡とともに直径1メートル以上の栗の木6本の柱から成る塔が時の威勢を示すかのように復元されている。もっとも、そのような巨大な栗の木が現在は日本では得られないことから、この塔の復元にあたってはロシアからその栗の木を輸入したという。この塔は当時の宗教的行事のために作られたのかあるいは観測用のために作られたのかは未だ謎のままである。この三内丸山遺跡をみていつも驚くべきことは、縄文人の文化生活レベルの高さだ。多様な縄文式の土器、木の生活用具に加え漆塗りでできた容器まである。富山地方でしか得られないという翡翠の装飾物も見出されて当時の流通の広さを示している。さらに、食物の豊富さにも圧倒される。海や、山の幸がふんだんにみられるのに加えて、くるみ、栗の木を栽培し、豊かな食生活を営んでいたことが分かる。縄文人のディナーはわれわれが羨むほどの内容だ。
 我々の現代生活が果たして生活の質のレベルからみて、縄文時代よりも勝っているのかは極めて疑問である。生活の質のレベルを高く保つためにはそれぞれのQOL(quality of life)が良いことが必須条件である。いま、QOLは身体的健康度と精神的健康度の2面から測られるよう求められている。生活習慣病の増加がlife styleの変化から生じていることは疑いもないが、生活の質が生活習慣病の発症を規制し、その進展に関与する因子であるとともに、QOL自体が生活習慣病の病期や重症度を測る指標ともなっている。一見、便利な世の中で、物には不自由のない現代生活ではあるが私たちのQOLの向上には改めて考え直す必要がありそうだ。現代の経済不況や、めまぐるしい改革の嵐の中で、人々の精神面での、また身体面でもストレスは高まっており、それが生活習慣病を主とした疾病の発症、進展に大きく寄与していることは間違いない。縄文遺跡から得られた骨組織からのDNA解析から、現代人のストレス曝露の状況がより明らかにされるかも知れない。これらの中で、私たちに大きな救いを与えてくれるのが人類とともに歴史を歩んできたのは動物であり、家畜や愛玩動物として役割を担ってきた。これらの動物の変遷をみることによっても、生活の変化がいかなる影響を生体にもたらしたのかが分かってくる。もうひとつ、医学の立場からみると、実験動物が果たしてきた役割も計り知れないものがある。現在では、ヒトDNA解析への制限、情報公開の条件など、多くの規制が待ち受けており、物事を進めていくことの障害がある。臨床研究の遂行が次第に困難さを増している現在、動物モデルでの研究は今後は不可欠であり、その重要性は益々高まるに違いない。
 糖尿病の分野ではとくに動物モデルが果たしてきた役割は大きい。日本糖尿病動物研究会は、後藤由夫教授が東北大学在任中に設立して以来17年の歴史をもっている。研究会は順調な発達を遂げ、従来の「糖尿病動物研究会」を「日本糖尿病動物研究会」と名称を改められた。その間、国際糖尿病動物研究会(Lessons from Animal Diabetes)も2回開催されている。とくに2001年、東京での金沢康徳会長のもと開催された会は記憶に新しい。また、当初は比較的小さな会であったものが、慈恵医大池田義雄教授と国立宇都宮病院の森豊先生のご尽力により現在では日本糖尿病学会より正式な支援が得られ、内容もいっそう充実したものとなった。いま、遺伝子改変動物が研究の主流の感があるが、改めてそのフェノタイプがどの程度人間の病態に近いのかの分析が必要とされる。これに加えて、研究会の主なテーマとして流れてきた、自然発症糖尿病動物についての研究がある。我が国では世界に誇る多くの自然発症糖尿病動物モデルが多く確立されている。研究会においても、古くはGKラット、NODマウスの研究から、WBN、LETL、OLETF、最近ではKDP、SDTラット、TSOD、Akitaマウスなどの優れた研究成果が発表されている。その内容も、遺伝子解析から、環境因子の影響など、実地臨床と直結したものが多い。糖尿病学会のような大規模な会ではディスカッションできないような飼育条件、食餌影響の問題など、動物管理の実際的な議論も多くなされてきた。この議論こそが、また新たな発見へのヒントとなっている。糖尿病の研究分野がともすれば、患者管理の問題、一次予防の問題など社会的話題に集中しやすい中で、動物モデルからヒト糖尿病への応用を目標としたアカデミックな会は極めてユニークで貴重なものである。その研究成果が、いかにヒト糖尿病臨床に直結しているかを多くの医師や研究者が改めて感じ取って欲しいと常日頃思っている。
 来年1月17,18日には青森(青森県八戸市)で第17回日本糖尿病動物研究会が開催される。八戸市まで、新しく開通した新幹線を使うと、東京駅からわずか3時間程度で着く。また、三沢空港を用いても全国から比較的不便なくアクセスできる。2月にちょうどアジア冬季オリンピックゲームが青森県で開催されるため、それを避けて例年よりも研究会の時期を早めている。会場も温泉施設を利用し、郷土色豊かな食物と飲み物を提供できるよう現在徐々に準備を進めている。北の地にもようやく新幹線が届き、日本の均衡ある国土発展は遅きに失した感であるが、大いに便利となることには違いない。ただ、それだけでは我が国の生活の質が真によいものになるとは思えないが、糖尿病動物研究会に参加され、冬の青森を肌で体験され、古く縄文に思いを寄せて頂ければ幸いである。

第16回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて

丸石製薬工業株式会社 研究開発本部 中央研究所
池田 衡

 第16回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を、平成14年2月1日(金)と2日(土)の2日間にわたり千里ライフサイエンスセンタービル(大阪府豊中市)で開催しました。参加者は200人にのぼり、糖尿病動物の研究を通じて、糖尿病及びその周辺疾患に対する理解をより深め、新しい対処法を探ろうという高い関心が伺われました。特に、若い研究者の方々の参加が多く、生活習慣病の一環としての糖尿病への関心の深さとともに本研究会がさらに発展していくことが期待でき、嬉しく思いました。
 特別講演では、Woods先生(University of Cincinnati College of Medicine)が「Signals That Regulate Food Intake and Energy Homeostasis」のなかで、Cholecystokininは摂食行動の停止、すなわちsatiety signalとしては重要であるが、肥満制御の面からは体脂肪量の増減、すなわちenergy homeostasisを中枢神経系に伝えるinsulinあるいはleptin等のadiposity signalsの重要性を強調した。Insulinのanabolic作用からすれば、末梢では体脂肪蓄積に働くが、中枢では摂餌量を低下させ体重を減少させるという一見paradoxな内容が新鮮であった。教育講演では、「知的財産としてのモデル動物特許」と題し、モデル動物の側面の話題を岩谷所長(岩谷国際特許事務所)にしていただいた。ハーバードマウス事件を事例にあげ、各国のモデル動物特許に対する認識のずれを説明するとともに、知的財産権をみすみす捨てている可能性を解説した。会長講演では、医薬品開発におけるモデル動物の重要性について話させていただきました。
 2つのミニシンポジウムを企画いたしました。ミニシンポジウム-Iは、「モデル動物を用いた糖尿病原因遺伝子の解析」と題し、ヒトでの解析現状に続き、NODマウス、TSODマウス、OLETFラットでの現況と将来の見通しについて伺いました。モデル動物が発現する病態とその対象であるヒト疾患との間には、表現型では高い類似性があるが、遺伝子型ではどうかという興味から企画させていただきました。現在、コンジェニック解析手段が導入され、原因遺伝子の存在する座の絞込みが進んでいることが、よく理解できました。近い将来、遺伝子型での類似性が討議される事態が来ると確信しました。ミニシンポジウム-IIでは、「モデル動物の繁殖・供給・問題点」と題し、繁殖業者の方々から、話題を出していただきました。本研究会が、産学協議会というユニークな会を有している現況にそって企画させていただきました。これまで、モデル動物を実験等で使用されている研究者の方々でも、実際の繁殖・飼育・系統維持等についてご存知でない方も多く、参加者には好評でした。業者の方々には、今後とも均一な動物の供給を切にお願いする次第です。
 一般演題としては、33演題のお申し込みをいただき、8つのカテゴリーに分けて全て口頭発表をいただきました。そのため、時間的にかなり厳しくなり申し訳ありませんでした。今回も遺伝子改変動物の解析に対する幾つかの報告がありました。京大・稲田先生らは、CREM(c-AMP Response Element Modulator)のisoformの一つであるICER(Inducible c-AMP Early Repressor)Iγ を膵β細胞に特異的に発現させたTgマウスを作製し、インスリン分泌不全による糖尿病の発症を認めた。また、東大・松井先生らは、高脂肪食負荷条件下のPPARγヘテロ欠損マウスは、インスリン抵抗性を生じないが、膵では高濃度グルコースに対するインスリン分泌が抑制されている成績を報告した。これらの解析は、遺伝子の機能を明らかにするのみならず、薬剤の作用機序の解明等にも有益な情報を与えることから、新規モデル動物としての面からも重要である。他にも興味ある報告が多数ありましたが、紙面の制限もあり割愛いたしました。
 本研究会を活発且つ盛大に終えることが出来ましたのも、ひとえに発表者、座長の先生方並びに会員の皆様方のご協力のお陰と厚く御礼申し上げます。また、運営面でお世話になりました組織委員・プログラム委員の先生方と真摯なご協力をいただきました企業並びに業者の皆様方に深謝いたします。小生は、本研究会後武田薬品工業株式会社を退職いたしましたことも加え、今回の機会を与えていただきました本研究会幹部の先生方に心から御礼申し上げます。
 最後になりますが、次回の第17回日本糖尿病動物研究会年次学術集会は、弘前大学医学部第一病理学教室八木橋操六教授を会長として、平成15年1月17(金)・18(土)日に八戸市で開催される予定です。益々の盛会を祈念いたします。

糖尿病モデル動物の紹介(5)SDTラット

鳥居薬品株式会社 医薬情報部
篠原 雅巳

はじめに
 糖尿病モデル動物の利用は、ヒト糖尿病の発症機構の解明および合併症の成因の研究、さらには糖尿病治療薬の開発にも役立つと考えられ、これまでに多くのモデル動物から臨床糖尿病に貢献する研究成果が得られている。多様な病態を示すヒト糖尿病に対応するモデル動物の開発は極めて重要であり、近年、2型糖尿病は、経済発展や社会の近代化とともに世界全体で急速に増加し、合併症の進行が糖尿病患者の予後の大きな問題となっていることから、ヒト類似の新たな糖尿病合併症モデルの開発が急務となっている。このような情況を背景に、我々は1997年に新たな自然発症2型糖尿病モデル動物、SDT(Spontaneously Diabetic Torii)ラットを確立した。

作出の経緯 1)2)
 1988年、長期飼育試験用に日本チャールスリバー社より購入したSprague-Dawley系ラット(305匹)の高齢動物(12ヶ月齢)の中から多尿、尿糖、多飲、多食を呈する5匹の糖尿病ラットを発見した。これらの個体と同系正常雌との交配を行い、その後糖尿病形質の保持を試みた。1991年に維持集団の中に4~5ヶ月齢で糖尿病を発症する個体が出現したことにより、それらをもとに系統育成を開始した。系統育成は雄の尿糖陽性を指標に兄妹交配を行い、1997年に近交系の作出に成功、新たな糖尿病系統としてSDTラットを確立した。系統育成の過程において、糖尿病発症率はF4世代以降90%以上、糖尿病発症時期は、世代が進むに従い早期化が認められ、F7世代で約4.4ヶ月齢であった。本ラットの糖尿病発症は、発見当初から雄のみに認められるのが特徴であったが、F7世代以降、雌にも発症個体が散発的に確認された。

糖尿病の病態 2)3)4)
 SDTラットの糖尿病発症には性差が存在し、雄の発症は約20週齢から認められ、40週齢までの累積発症率は100%である。一方、雌の発症は45週齢以降に認められ、65週齢までの累積発症率は約33%と低率である。65週齢までの生存率は雄で約92%、雌では約97%であり、SDTラットは、インスリン治療なしで高血糖を維持しながら、長期間生存するのが特徴である。雄性SDTラットは、16週齢頃より耐糖能低下、20週齢以降に高血糖を示し、糖尿病発症前から肥満は認められない。25週齢以降は低インスリン血症、 35週齢以降では糖化Hb値、尿素窒素値、尿蛋白排泄量の増加および高脂血症が認められる。雄性SDTラットの病理組織像としては、糖尿病発症前の10週齢頃より、膵島に出血、炎症性変化、線維化およびβ細胞の消失が認められる。また、糖尿病発症後35週齢頃には腎尿細管の糖原変性・拡張、眼合併症として40週齢以降に水晶体線維の膨化、液化、空包化、走行異常、崩壊およびモルガーニ球の形成が認められる。さらに糖尿病態が進行すると55週齢以降、網膜毛細血管の狭小化、周皮細胞の脱落、高度の蛍光漏出、毛細血管基底膜の肥厚、増殖膜の形成および牽引性網膜剥離といったヒト増殖網膜症の所見を呈する。また、網膜症の進行にともない虹彩周囲に血管増殖膜を形成し、時に前房出血も認められ出血性緑内障に類似した所見を呈する。現在まで、既存の糖尿病モデルに増殖網膜症まで進行する系統はなく、SDTラットは、ヒト糖尿病網膜症の成因解明および治療薬の開発に有用な合併症モデルになると考えられた。

遺伝学的解析 5)
 SDTラットと非糖尿病系統であるBNラットとの交配実験を行い、連鎖解析の結果、耐糖能低下に関与する5個の劣性遺伝子座(Niddm/sdt1~sdt5)が確認されている。

入手方法
 SDTラットは市販されておらず、SDTラット研究会管理のもと、医療機関ならびに公的研究機関からの要望に対しては、雄のみを当社から限定分与している。

参考文献

  1.  篠原雅巳,牛島太郎,正田俊之,他:SD系より見い出された新しい糖尿病ラットについて.Diabetes Frontier 6(4): 472, 1995
  2.  Shinohara M, Masuyama T, Shoda T, et al: A new spontaneously diabetic non-obese Torii rat strain with sever ocular complications. Int J Exp Diabetes Res 1(2): 89-100, 2000
  3.  篠原雅巳,益山 拓,正田俊之,他:新しい糖尿病モデルSDT(Spontaneously Diabetic Torii)ラットについて.Diabetes Frontier 13(1): 112-113, 2002
  4.  梯 彰弘,金澤康徳:新しい糖尿病網膜症モデル動物-SDTラット.内分泌・糖尿病科,12(4): 386-390, 2001
  5.  益山 拓,布施雅規,原 朱美,他:2型糖尿病モデルSDTラットの耐糖能低下に関する遺伝学的解析.Diabetes Frontier 12(6): 818-819, 2001