Vol.6 No.2 July 2002

号頭言 「疾患モデルと生理機能モデル」

名古屋大学大学院医学系研究科附属動物実験施設
西村 正彦

 私が実験動物育種学の立場から疾患モデルとしての糖尿病マウスの育種を始めてから40年近くなる。その間、我が国はじめ世界中で実に様々な糖尿病モデル動物が次々と育成され、糖尿病の病態の理解と成因の究明、治療法の開発、等の目的に使用され大いに役立てられるのを目の当たりにしてきた。数ある疾患モデルのなかで、系統名を冠した研究会はたくさんあったが、疾患名を冠したモデル動物研究会というものはほとんどないなかで、糖尿病動物研究会は希有な存在であり、この会へ来れば糖尿病動物のことはすべて分かるというほどにそのモデル動物の種類の豊富さと研究の盛んな会は他にないのではないかと思う。特に我が国からのこの分野での貢献度は突出しており、これからも糖尿病動物研究会の益々の発展が期待されるところである。
 一般にヒト疾患に似た病気を示す動物を疾患モデルと呼ぶが、そう簡単に動物の病気とヒトのそれとが同じとはいえるものではなく、病気単位でまるごと同一なんてことはまず考え難い。自然発症のミュータント動物が出てきて一見似ているように見えてもそれは研究の入り口の段階であって結果はどうなるのかまだ分からない状態に過ぎない。特に糖尿病のような複雑な疾患の場合には、私のような実験動物の育種家は内容そのものに深入りすることなく評価にあたる研究は糖尿病専門家に任せるという一歩退いた立場をとってきた。研究者としてそれで満足できるかと問われると内心忸怩たるものがあるが、それは仕方がないことである。ただ、自分の研究の端緒となったKK系やデビュー作となったKK-Ay系が今でも市販され広く使われ、実際の糖尿病治療薬の開発に貢献したと聞くにつけそれに勝る喜びはない。
 現在までの疾患モデル研究の歴史上における大きな変化は、従来からの自然発症動物だけでなく、種の壁を超えての人工的な遺伝子改変動物の利用ができるようになったことである。これはReverse Geneticsと呼ばれる新しい方法論であり、クローニングされた特定の遺伝子について変異させたトランスジェニック(TG)あるいはノックアウト(KO)したマウス個体における表現型を通して遺伝子機能を研究することにより糖尿病の発症機序を分子レベルで理解できるようになった。しかし、これは疾患モデルというよりマウスの体を借りてヒトと共通な遺伝子の機能を探る、いわば生理機能モデルといえる。
 生活習慣病といわれるように多数の遺伝子と環境因子が複雑に絡む多因子疾患の典型である糖尿病の場合には、TGやKO法のような個々の遺伝子の改変では疾患モデルを再現させるのは困難であり、やはり自然発症によるモデル動物の方が適しているものと思われる。従って正統的方法論としてForward Geneticsを一層強力に進める必要がある。勿論ただ待っているだけで自分の望むミュータントが生ずるわけではないので、理研では化学変異原(ENU)を用いて点突然変異を誘発し、広範な表現型スクリーニングによって体系的にマウス突然変異体を得るという大規模な国家的プロジェクトが進行しており、目的とする検出対象形質の一つに糖尿病も入っているので楽しみである。しかしこれで単一遺伝子突然変異による糖尿病は検出できても、ポリジェニックな遺伝支配の糖尿病を起こさせるのは困難である。一方、我々が開発したSMXAリコンビナント・インレッド(RI)系は、SM/J系とA/J系を祖先系とするF2交雑群から育成した20数系統からなる近交系群のセットであり、これまで困難だった多因子疾患等の複雑な量的形質に対しても体系的な遺伝的解析を可能にする実験系である。両親系統間の特性の違いを利用して遺伝解析を行うのがふつうであるが、注目すべきは量的形質の場合には祖先系統間で差がなくても、RI系統間では大きな差が生じ得ることである。これはその形質に正負に影響する複数の遺伝子があり、それらの組み合わせの結果としてRIに系統差が生ずると考えられる。実際にこのRI系統群に現れた系統差をもとに体重、脂肪量、インスリン値、糖代謝、脂質代謝のような生理機能に関与する量的遺伝子の解析が進行中である。
 ヒトとマウスの間の遺伝子配列の相同性(シンテニー)は驚くほど高いにもかかわらずこれまで発見された単一遺伝子による肥満・糖尿病動物における原因遺伝子がそのままヒトにあてはまることはなかった。しかし、未知だった生理機能の理解には目からウロコのような役割を果たしてきた生理機能モデルであることは間違いがない。疾患モデルを生理機能モデルを包含した言葉として解釈していただくと、我々実験動物サイドの者にとっても本研究会での居心地が少しは良くなるというものである。
 最後に、現在使用される実験動物が齧歯類に偏重しているが、ヒトの生物学的位置さらにヒトへの外挿を考えた場合、進化上ほ乳類の根幹にある食虫目のスンクスで確立された自然発症の真性糖尿病は重要である。名古屋大学当施設にしかないスンクス糖尿病系統がもっと活用されんことを願うものである。 

第17回日本糖尿病動物研究会開催にあたって

弘前大学医学部病理学第一講座
八木橋 操六

 このたび私どもが第17回日本糖尿病動物研究会開催のお世話をすることになりました。歴史と伝統ある会を開催させて頂くことで、たいへん光栄に思っております。糖尿病研究の進歩は著しいものがあり、連日のごとく画期的な新しい成果が報告されております。動物モデルを用いた新しい知見も多くみられ、その研究成果が直ちに日常臨床へと応用さつつあります。このように、糖尿病動物は現代医療に大いに貢献しており、不可欠なものです。糖尿病動物研究会は、糖尿病基礎研究の中でも中心的役割を担ってきました。過去の研究会の記録をみましても最先端の研究成果が溢れております。
 従来この会は冬季開催ということもあり、ほとんど東京、大阪など大都市で開催されてきました。地方でかつ北の寒いところでの開催ははじめての試みです。当初、雪の弘前での開催を考慮しましたが、万が一大雪の場合、参加される会員の方々に大変な交通の不便をかけることになります。そこで、冬でも積雪は殆どない同じ青森県内の八戸市での開催を決定しました。八戸市ですと、ちょうど新幹線も盛岡から延伸し、東京から3時間以内で着くことができます。さらに、関西からでも空の便の利用で三沢空港から車で1時間弱で会場に着くことができますので、交通の便には不自由ないと思われます。また、例年ですと2月の開催でしたが、青森県で来年2月にアジア冬季オリンピックがあり、宿泊所、学会場を確保できないことから、いつもより早めの1月半ばの開催になっております。寒い時期でもあり、会場は温泉宿泊施設を用意し、リラックスできるよう配慮しました。冬の十和田湖やスキーを楽しまれたい方は是非会の前後に時間をとって頂きたく思います。八戸市は魚介類が豊富なところでもあります。十分なおもてなしはなかなか出来ませんが、新鮮な食べ物と地元の酒をふんだんに用意してお待ちしております。プログラムの方は、特別講演、イーブニングレクチャー、ワークショップなど、若い研究者から熟練の方まで多くの皆様に関心をもって頂けるように工夫をしております。
 御存知のように医療を取り巻く社会環境はたいへん厳しいものがあります。動物実験の実施にあたっても、倫理規制が厳しくなっています。また、動物保護団体の批判も少なくありません。しかしながら、糖尿病研究に糖尿病動物を用いた研究は不可欠であり、今後益々その意義は高まることと思われます。日本糖尿病学会からの多大な支援もいただいており、次回の開催が実りあるものであるよう、教室員一同、精一杯頑張りたいと思いますので、多くの方々が参加されるよう、心からお待ち申し上げております。

賛助会員の研究(4)日本チャールス・リバー株式会社の研究支援内容の紹介

日本チャールス・リバー株式会社
伊井 泰行

 弊社は、SPF/VAF品質の実験動物の生産供給を通じ、ライフサイエンス分野の研究支援をさせて頂いております。私たちチャールス・リバーグループは全世界11カ国22施設に及び、生産する実験動物は世界で最も多くの科学者に採用されております。
 最近では、特に生活習慣病関連の研究が目覚しく、自然発症モデルや遺伝子操作マウスなどを利用する傾向が見られ、弊社では研究者の要望の多い糖尿病や肥満の自然発症モデルを導入してまいりました。1997年に中外製薬株式会社からGK/Crjラットを導入し供給を開始しました。更に、米国チャールス・リバーよりCrj:(ZUC)-fatty(Zucker)ラットを導入し、2000年に供給を開始しました。日本で開発されたGKラットは世界の科学者に供給できるよう、輸出体制も整えております。
 研究の迅速化や合理化の要望から、米国で長く行っている技術を導入し、臓器摘出動物や各種カニュレーション動物の供給体制を充実させ、STZ(Streptozotocin)投与糖尿病動物の作成なども行っております。STZ投与糖尿病動物のラット及びマウスの系統差データ収集、GK/Crjラットの自然発症基礎データ収集、Crj:(ZUC)-fatty(Zucker)ラットの肥満及び糖尿病発症の長期データ収集を行っております。
 最近のゲノム創薬の発展に伴い、遺伝子操作動物モデルが数多く作成、利用されてきました。それにより各研究所の動物施設に収容しきれない程、稼働率が急激に増加しつつあります。弊社ではアイソレータシステムによる飼育施設を新設し、各種動物を受け入れクリーン化やホモ化など種々のサービスを行う受託業務を充実させております。
 また、研究の国際化交流が進んで海外からの輸入する実験動物も多くなっております。肥満を伴う自然発症糖尿病モデルとして日本でも広く利用されているZDF/Gmi(Zucker Diabetic Fatty)ラットは糖尿病合併症のモデルとして注目されております。
 2001年8月に米国Jackson研究所は、ヨーロッパ及び環太平洋地域諸国の科学者に遺伝子操作マウスなどの供給を充実させるために、チャールス・リバーグループとの業務提携を行いました。日本では弊社が担当し輸入業務を致しております。メイン州にある米国Jackson研究所には約800系統のマウスが維持供給され、毎年系統数は増加しており、糖尿病と肥満研究モデルも充実しております。糖尿病Ⅰ型モデルのNOD/LtJマウス、 糖尿病Ⅱ型モデルのKK-Ay, B6-Lepob, BKS-Lepdb 各マウス、インスリン及びインスリン受容体関連遺伝子操作マウスなどが多数利用されており、2002年には更に5系統が追加されております。
 これからも動物愛護の精神の基づいて、科学者の皆様に信頼できる高品質な実験動物の安定的な生産と、海外ネットワークを活かした供給体制を今後も充実させてまいりたいと存じます。
弊社ホームページhttp://www.crj.co.jp