Vol.4 No.1 June 2000

号頭言 日本糖尿病動物研究会14年間を振り返って―糖尿病動物の盛衰

東北大学大学院内科病態学講座
分子代謝病態学分野 佐藤  譲

 日本糖尿病動物研究会が2000年1月で14回目を迎えた。この機会に手許にある資料を整理して振り返ってみた。本研究会は、後藤由夫東北大学名誉教授が班長であった文部省科学研究費総合研究(A)(昭和60~61年度)「モデル動物による糖尿病の成因と合併症に関する研究」の研究組織を母体として発足した。第1回糖尿病動物研究会は’87年(昭和62年)1月に仙台で開催され、第3回までは仙台(会長:後藤由夫)で続いた。それ以降は毎年1月か2月に、京都(井村裕夫)、東京(片岡邦三)、東京(金澤康徳)、仙台(豊田隆謙)、東京(石井 淳)、名古屋(堀田 饒)、浜松(吉田孝人)、東京(池田義雄)、大阪(島 健二)、京都(清野 裕)、東京(米田嘉重郎)の順に開催されてきた。’96年には池田義雄先生のご尽力により組織が近代化され、日本糖尿病動物研究会(JAADR)と名称を改め、’97年(11回)から新しい名前の研究会になっている。
 14回分のプログラムをもとに集計してみると、14年間に発表された一般演題数は622題である。使用された糖尿病動物は、1型モデル(NODマウス、BBラット、LETLラット、KDPラット)、2型モデル(GKラット、OLETFラット、Zucker fattyラット、Wistar fattyラット、Dahlラット、KK-Ayマウス、NONマウス、NSYマウス、TSODマウス、db/dbマウス、食事性・薬剤性・視床下部破壊による肥満ラット・マウス、スンクスなど)、その他のタイプ(WBN/Kobラット、STZ誘発糖尿病、Alloxan誘発糖尿病、SHRラット、Akitaマウス、ウイルス性糖尿病、遺伝子操作による糖尿病など)、げっ歯類以外の動物の糖尿病(チャイニーズハムスター、イヌ、ネコ、サル)など多彩である。自然発症糖尿病動物のほとんどが日本で発見、開発されたのは驚くべき事実である。
 14年間のモデル動物別の演題総数は、多い方から、NODマウス(104)、WBN/Kobラット(57)、BBラット(54)、OLETFラット(45)、GKラット(43)などである。毎年、全体では平均44題の応募演題があったが、’94年と’95を境に演題数が急に減少している。’87~’94年の前半8年間は平均53題の応募数が、’95~’00年の後半6年間には平均33題であり、38%も減少した。本年は35題であり、回復傾向にある。
 前半から後半にかけて減少した1回当たりの平均演題数をモデル動物別にみると、NODマウス(平均10.1題→3.8題)、WBN/Kobラット(平均5.8題→1.8題)、BBラット(平均5.6題→1.5題)などの花形動物の演題数が軒並み1/3~1/4に減少した。これが総演題数の減少の大きな要因と思われる。一方、2型モデルのGKラット(平均3.8題→2.2題)の減少は小幅に留まり、肥満2型モデル(OLETFラット、Zucker fattysラット、Wistar fattyラット、TSOD、食餌性肥満ラット・マウスなど)は全体ではむしろ増加している(平均6.0題→10.7題)。また、トランスジェニックマウスなど遺伝子操作マウスは’93年から登場して、徐々にではあるが演題数が増えつつある。
 これらのモデル動物の盛衰は糖尿病研究の流れを反映している。NODマウス(1980年に純系化)やBBラット(1974年に発見)は世界中で多用されてきた1型モデルであり、β細胞破壊機構、遺伝子解析、β細胞抗原解析などの研究は今でも国際誌に掲載が続いている。日本における1型モデル研究の減少は、1型糖尿病の発症予測と予防というゴールには未だ遠いが、日本でやれそうな研究や興味のピークが過ぎたことを示しているのだろうか。一方で、日本に多い2型糖尿病、特に、増加し続けている肥満、インスリン抵抗性糖尿病に関するモデル動物の研究は盛んになっている。研究者の興味が変化していることを示唆しているものと思われる。
 演題総数減少のその他の原因についてもいろいろな推測が可能である。言うまでもなく、糖尿病研究の最終目標は糖尿病および合併症の成因・病態の解明、治療方法の開発にあるが、これらが方法の進歩によってモデルを使用しなくても、直接ヒトにアプローチできるようになったこと。糖尿病原因遺伝子の解析や、各種遺伝子多型と糖尿病や合併症の関連の解析が盛んになるにつれて、ヒト遺伝子研究へ研究者の移動があること。関連学会、研究会の増加によって発表の機会が増加、多様化したこと、などが挙げられる。
 しかし、糖尿病研究において果たしてきたモデル動物の役割や貢献度には多大なものがあり、これからも重要性が小さくなるとは考えられない。ヒトでは不可能な、モデル動物ならではの研究によって糖尿病研究が飛躍、発展し、ヒト糖尿病の成因が完全に解明され、治療方法が確立されることを願ってやまない。

第14回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて

東京医科大学動物実験センター
米田嘉重郎

 平成12年1月28日(金)と29日(土)の2日間にわたって、第14回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を開催することができました。会場となった東京医科大学臨床講堂は、200人を超える糖尿病動物研究者ならびに糖尿病動物に関心をお持ちの方々の参加をえて、最新の研究成果の発表と活発な討論が展開され活気に満ちていました。主宰者として、同慶のいたりであり責任の一旦を果たせたのではと思っております。ひとえに、特別講演と教育講演の演者の先生、発表者、座長の先生方、参加者の皆様ならびに運営を支えて下さった組織委員・プログラム委員・実行委員の各先生方のご尽力によるものと厚く御礼申し上げます。
 特別講演では、Guberski先生(Biomedical Research Models, Inc.)が「The BBZDR/Worrat : Clinical Characteristics of the Diabetic Syndrome」のなかで、新しい2型肥満性糖尿病モデルであるBBZDR/Worラットの特性に関する最新の知見を披露して下さいました。本系統は1型糖尿病モデルのBB/Wor[リンパ球減少症を支配する劣性遺伝子(lyp)がホモ]へLeprfa遺伝子を交配によって導入されたBBZDP/Worを遺伝的背景に、さらにリンパ球減少症を呈しない遺伝子(Lyp)を導入して育成されたもので、Lepr fa/Lepr fa個体は雌雄ともに強度の肥満を呈するものの膵島炎が認められないことが示されました。そして、雄では2型糖尿病をほぼ100%発症(平均発症日令:74日令)するのに対して雌の発症率が3~5%と明瞭な性差が存在すること、網膜では酸化障害による血管内皮細胞の機能障害が認められるなどの特徴が示されました。今回の講演が契機となって、我が国においてもBBZDR/Worラットが利用されることを願わずにはおられません。
 教育講演では樋野興夫先生[(財)癌研究会癌研究所]が「遺伝的背景と環境因子―癌の起源に学ぶ―」のなかで、癌の病因遺伝子及び感受性遺伝子/修飾遺伝子の単離・同定を行い、それら遺伝子産物の機能を把握し、未知である発癌の分子機構解明とその機構に基づいたヒト癌予防と治療法の開発に役立つ基礎情報を提供することを研究の目的としていると述べられ、モデル動物を用いる研究の理念を明確に示して下さいました。同時に、遺伝性腎癌ラットの原因遺伝子(Tsc2)の単離、Tsc2トランスジェニックラットおよびノックアウトマウス作出による原因遺伝子であることの証明、修飾遺伝子の解析という先生がこれまでに成し遂げられた研究成果を解りやすく説明して下さいました。最後に先生が述べられた「ゲノム時代の発癌研究戦略は原因(起始)遺伝子を起点として多段階発癌の方向を定め、臨床癌を位置づけ、予防、治療を予告することである」点は、多因子遺伝性疾患である糖尿病にも当てはまることであり、感銘を受けた参加者が多かったと思います。
 今回、応募頂いた一般演題の中から、二つのミニシンポジウムを企画しました。そのⅠ「モデル動物における遺伝子マッピング」では、2型糖尿病モデルに関する現在までの到達点が整理されると同時に、原因遺伝子の単離・同定という当面の課題が浮き彫りになったと思います。なお、シンポジウムに先だって行われた座長からの研究の意義と具体的な方法論の解説は、参加者にはことのほか好評でした。そのⅡ「イヌ・ネコの糖尿病」では、イヌとネコ間でのグルコース利用における種差、イヌにおいては解糖系の酵素活性が糖尿病状態を把握するのに有効なマーカーとなること、イヌの糖尿病ではインスリン抵抗性がかなり多いことなどが示され、活発な質疑応答がなされました。今回のミニシンポジウムを通じて、イヌ・ネコの糖尿病病態に関する解析の重要性を、再認識していただけたのではと思っています。
 一般演題では、NODマウスのコンジェニック系統を用いた解析結果からIl2がこれまでマッピングされているIdd3の本体であることを強く示唆する成績、KDPラットにおける原因遺伝子(Iddm/kdp1)の単離・同定に向けた物理地図の作成、膵β細胞におけるHNF-1α過剰発現トランスジェニックマウスがMODY3のよいモデルとなりうる、など遺伝解析、遺伝子、遺伝と環境に関する演題が多い傾向にありました。
 そんななかで、二つの演題がことのほか注目されたのではと考えられます。その一つは、名古屋大学の西村正彦先生の発表で、低蛋白食がWBN/Kobラットに対してだけでなくOLETFラットに対しても糖尿病発症を促進する作用を有することが示されました。低蛋白食による2型糖尿病モデル動物の発症促進作用に関する今後の研究の展開が大いに注目されます。今一つは、鈴鹿医療科学大学の谷川敬一郎先生の発表で、ラットを用いて妊娠期間中だけ低蛋白食で飼育すると、その産仔に膵インスリン含量と内臓脂肪量の低下を認めたとの成績が示されました。今後、子宮内環境に関する成績から目を離せないと思われた参加者が多かったのではと推察されます。
 最後になりますが、次回の第15回日本糖尿病動物研究会年次学術集会は、埼玉医科大学第四内科片山茂裕教授を会長として、平成13年7月24~26日に第8回糖尿病動物国際ワークショップと合同で、日本大学会館にて開催される予定です。これまでの年次学術集会とは趣をことにしますので、歴史的な学術集会となることを願っています。

糖尿病モデル動物の紹介(3) TSOD マウス

株式会社ツムラ 研究開発本部
鈴木  亘

はじめに
 ヒトのインスリン非依存糖尿病(NIDDM)の発症は、遺伝因子と環境因子の相互作用により起きていることが周知されている。そして近年、糖尿病原因遺伝子の同定が進み、多因子遺伝性であることが確認されている。環境因子においても豊富な栄養状態や便利な生活(運動不足)などにより、糖尿病の発症が増加している。これらの糖尿病の発症因子は複雑な関与が推察され、発症予防方法や治療方法もしかり、完治させるためには多様な選択が望まれている。  それらの方法を修得するには、ヒトのみならず多種の糖尿病モデル動物が用いられ、多大なる貢献をしている。更に、新たな発症予防方法や治療方法の開発が望まれる現状では、まだ、糖尿病モデル動物が足りているとは言えず、新たな糖尿病モデル動物の利用も望まれている。
 1992年に当社で確立されたTSOD(Tsumura, Suzuki, Obese Diabetes)マウスは、新たなNIDDMの有用な自然発症モデル動物のひとつであるので紹介する。

作出の経緯1、2)
 1984年、当社におけるddY系雄マウス(株式会社ドーケン由来)の無処置の飼育群から、肥満と尿糖を呈する6匹のマウスが偶然に発見された。それらの個体と同系由来の雌を用い、雌雄の8週齢時の体重と雄の尿糖を指標(形質)に兄妹交配を繰り返した結果、1992年に肥満と尿糖を高率に発症する本マウス(近交系)が確立された。それと同時に対照動物としてTSNO(Tsumura, Suzuki, NonObesity)マウスも近交系化に成功している。
 TSODマウスの近交系の作出では、近親交配の選抜効果(F4世代まで)により形質の数量的変化(値の増加)が見られ、量的形質(polygene)が遺伝因子であると推測した。量的形質を持つ動物の近交系化は、環境因子の影響が約50%を占めると言われ、個体選抜の正確さに欠けるため遺伝学的統御が難しいと言われている。
 本マウスの遺伝学的統御を確実に遂行するために、均一性(ホモ)の強化として哺育匹数の制限の考慮や同腹の全個体が形質の基準を満たす腹から優先的に選抜した。更に選抜された腹の中から尿糖発現因子の強化と不妊回避のために、重度な肥満体でなくとも尿糖値の高い個体を優先的に選抜して兄妹交配を実施した。但し、本雌マウスにおいては軽度な肥満体(尿糖不検出)だけで選抜した。

糖尿病の病態3、4)
 TSOD雄マウスの摂餌量は長期間にわたって正常レベルよりも多いが、特に成長期に強い過食が認められる。飲水量も尿糖出現開始時期(約3~4カ月齢)から急激に増加する。その尿糖出現は性差が見られ、雄のみに高率(約100%)に出現する。TSOD雄マウスの体重は成長期に著しく増加し、プラトー期で約60~70gまで達する。雌の体重はプラトー期で約40~55gまで達する。
 TSOD雄マウスの血糖は若齢から増加して5~10ヶ月齢において最も高い値(約500mg/dl以上)を示す。その後、高値は12月齢ごろまで維持し、以後、徐々に減少して15ヶ月齢で正常レベルになる。血中インスリンも若齢から増加して約10ヶ月齢ごろにプラトー期を持つ高値(約200ng/ml)が認められる。その後、高値は15月齢ごろまで維持し、以後、徐々に減少するが、20ヶ月齢でも約4.5ng/ml以上の高値が認められる。
 これらの測定値を裏付ける本マウスの病態として、腹腔内の脂肪の増加、耐糖能低下、インスリン抵抗性、インスリンレセプター数の減少、膵臓ラ氏島の肥大などが観察されている。
 更に、ヒトの糖尿病性合併症に類似した主な障害として、腎障害、末梢神経障害(後肢の運動障害、知覚異常、有髄神経線維の異常)、骨粗鬆症、高脂血症、雄の生殖機能障害などが確認されている。これまでの自然発症糖尿病モデルマウスにはない側面を持つことから、合併症のモデル動物としての有用性が期待される。

量的形質の遺伝解析5)
 TSODマウスの肥満糖尿病の主要な特徴である血糖値、インスリン値、体重などを支配する量的遺伝子座(quantitative trait locus : QTL)について解析した結果、染色体上にそれらQTLsの局在を明かにすることができ、TSODマウスは多因子遺伝性であることが報告されている。

参考文献
1. Suzuki W, Iizuka S, Tabuchi M, Funo S, Yanagisawa T, Kimura M, Sato T, Endo Tand Kawamura H : A New Mouse Model of Spontaneous Diabetes Derived fromddY Strain. Exp. Anim 48(3), 181-189. 1999.
2. 鈴木 亘、田渕雅宏:新しい自然発症Ⅱ型糖尿病モデルTSODマウス(Ⅱ):モデル動物の系統化について. アニテックス 11(3), 157-163. 1999.
3. 鈴木 亘 : TSODマウス. Diabetes Frontier 9(4), 485-488. 1998.
4. 鈴木 亘、田渕雅宏:新しい自然発症Ⅱ型糖尿病モデルTSODマウス(Ⅰ): その病態について.アニテックス 11(2), 99-103. 1999.
5. Hirayama I, Yi Z, Izumi S, Arai I, Suzuki W, Nagamachi Y, Kuwano H, Takeuchi Tand Izumi T : Genetic Analysis of Obese Diabetes in the TSOD Mouse. Diabetes 48, May, 1183-1191. 1999.