Vol.3 No.1 August 1999

号頭言 大学改革と動物モデル

秋田大学医学部衛生学
小泉 昭夫

 近年、日本中の国立大学が、明けても暮れても大学改革の会議でエネルギーを消耗している。特に、独立法人化の決着が平成15年であるため、前倒しで平成11年中に、国家公務員の道を選択するのか独立法人の道を選択するのか決めなければならない。前者を選択した場合25%の定員削減が待ち構えており、後者を選択した場合5年毎の事業の見直しは避けては通れない。「どちらにしても大変な選択だ」と国立大学の先生が文句を言えば、文部省は「すでに私立大学は独立法人のようなものであるので国立大学の先生方が嘆くのは 『時代錯誤』 もはなはだしい」と反論する。さらに文部省は、「すでに大学の事務系職員の定員削減は終り、今や残っているのは教官だけですよ」と立派な資料まで用意してくる。教官側は計られたと思っても後の祭である。
 先日、日本を代表する大新聞に大学改革に対する識者のコメントが出ていた。その識者いわく「大学は知性の府であるなら、独立法人化などすでに研究しておくべきテーマであり、慌てふためくことで、いかに大学の研究が昨今の社会情勢から遊離したところで進められてきたかが分かる」と乱暴な論議をしていた。株取り引きの専門家であるはずの山一証券が倒産し、世界的には経済のノーベル賞受賞者を3名も抱える米国のあるDerivative取扱商社が危機に陥った。愚にもつかない、大学の在り方を研究をしていたら、もっと早くに大学の危機が訪れたに違いない。
 さて、こうした大学をめぐる混乱のなか、思い浮かべるのは天才型の研究者の事例である。その例として、後年SHRの研究に結び付いた岡本耕造先生の足跡は多いに興味がある。岡本耕造先生(兵庫県立医科大学、東北大学、京都大学教授を歴任され、近畿大学の学長となられた)の本格的な実験病理学の展開は戦後直後の混乱期に始まる。戦後直後に神戸大学(当時の兵庫県立医科大学)から東北大学に着任された。その折に、先生は、自分の乗った仙台行の急行に、兎を満載した貨車を連結し仙台に赴いたそうである。着任と同時に動物小屋を早速に建設し、困難な食糧事情の中、仙台中からおからと、仙台近郊からたんぽぽを集めたそうである。動物を教室員ごとに割り振ったため互いに競いあう結果となり、兎の餌集め競争は加熱した。担当した当時の大学院学生、医局員は、やっとの思いで戦地から帰還し、医学への篤い思いに目覚めたものが多く、こうした仕事に嫌気がさすものが続出した。また、兎の回診は日に朝昼夕の3度におよび、床からの温度の影響を除くため飼育棚の上下を替えたそうである。岡本教授はそうしたスタッフを慰撫するため、研究指導をはじめたと思いきや、大いに将棋とピンポンに誘い彼等の相手をはじめたそうである。どちらも岡本教授は非常に強く、すぐに相手がいなくなり、慰撫の目標は達成されなかった様である。ちなみに、動物の方は苦労の甲斐あって樹立した兎の何匹かに糖尿病の発症をみたが、残念ながら近交系でないとの批判を受けた。その批判は如何ともし難く、ついにこの糖尿病兎は世界ではじめての糖尿病モデル動物になるはずであったが、日の目を見ず幻に終った。しかしその後、この経験をもとに近交系が簡単に利用できるラットに注目し、ついに高血圧の自然発症ラットモデルであるSHRの発見という世界的偉業へと結実した。さらに、大切なことは多くの有能な弟子が育ったことである。このように、天才をとりまくゆったりとした時間の流れと失敗を含めた経験が、先進的な発見と人材教育に重要であることがよく分かる。
 そもそも昨今の大学改革は、「日本的雇用慣行である生涯雇用の崩壊により生じる過剰労働力の受け入れ機関として、生涯学習機構の構築という名で大学に押し付けている」と、体系的意図を読みとる山根伸洋氏の様な論客もいる。この論議はなるほどと思わせる。山根氏日く、「過剰労働力を官製ボランティアとして動員し、安上がりの政府を目指す」ことになる。しかし、過剰労働力と烙印を押されたものには、本来新たな自己啓発の機会が与えられるべきであろう。そのためには、戦後の混乱した困難な事情の中、動物モデルの開発に没頭した岡本教授の例の様な環境のなかで大学の教育・研究がなされる必要があろう。しかし、一方で、欧米の研究者は、このような天才に依存する体制から、より成功度の高い集団的研究体制に移行した。このことにより、社会の大学での研究に対する意識も変わりサイエンスの中味も変化したことは、大きな進歩であったことも否定できない事実である。
 今回の大学改革において、従来の日本型のよい点も残しながら、サイエンスの中味にまで影響を及ぼす社会改革の一つとして大学改革を考えれば、あながち徒労には終わるまい。

第13回糖尿病動物研究会を終えて

京都大学医学研究科病態代謝栄養学
清野 裕

 第13回日本糖尿病研究会を、平成11年2月5日(金)と6日(土)の両日にわたり、京都リサーチパークにて開催しました。糖尿病モデル動物の研究会は世界でも日本にしかなく、日本における数多くのモデル糖尿病動物の開発や、糖尿病原因遺伝子の解明、合併症の治療、発病予防など糖尿病の研究に貢献してきました。今回は、特別講演としてパリ第7大学Portha教授に、教育講演として秋田大学小泉教授にご講演いただきました。会長講演では、糖尿病モデル動物の膵β細胞機能に関する最近の我々の成績を発表いたしました。また、一般演題として30題の報告があり、多くの研究者の参加のもと、会場を交えて活発な討論が展開されました。
 特別講演では、Porthaortha教授が「Impaired development of pancreaticβ-cells and the pathogenesis of non-insulin dependent diabetes in the GK rats」のなかで、Goto-Kakizaki(GK)ラットの膵β細胞の機能障害として、グルコース応答性インスリン分泌が低下しているのみならず膵β細胞の増殖能も低下していることを示し、糖尿病発症機序の一つとして膵β細胞の増殖能障害があることを提唱しました。
 教育講演では、小泉教授が「Akita mouse-その糖尿病モデルマウスとしての有用性」のなかで、新たに樹立したAkita mouseは、常染色体劣性の遺伝形式を示し若年から発症するMODYに似た、特異な病像を呈する糖尿病モデル動物であり、インスリンA鎖7番目のシステインがチロシンへと変異しており、その結果生じる変異インスリンが小胞体に蓄積することで膵β細胞を傷害し、糖尿病が発症することを報告しました。
 一般演題では、1型糖尿病モデルとしてNODマウスやBBラットなど、2型糖尿病モデル動物としてGKラット、OLETFラット、TSODマウスなどについて、その糖尿病の発症機序や病態、合併症の進展機序などに関して多彩な報告がなされました。千葉大学横井伯英氏は、1型糖尿病モデルラット(KDP)の原因遺伝子座(Iddm/kdp1)を同定しようと試み、第11染色体の4.6cMにIddm/kdp1遺伝子座領域を特定しました。このように遺伝性糖尿病モデル動物の原因遺伝子の解明に向けた研究がOLETFラットなどでも報告されました。
 一方、発生工学の手法によりある種の蛋白を過剰あるいは欠損させた動物を用いた研究も多数報告されました。東京大学寺内康夫氏はMODYの原因遺伝子である膵β細胞型グルコキナーゼの欠損マウスを用いて、胎生期に分泌されたインスリンが胎児の成長やその後のインスリン分泌能を規定する可能性を示しました。分子遺伝学的手法を用いた原因遺伝子の究明と、発生工学的手法を用いた蛋白の機能的意義の究明が互いに補完しながら、多因子が関与する糖尿病の原因遺伝子や病態の解明に進んでいるように感じました。
 なお、第14回日本糖尿病研究会は、平成12年1月28日(金)と29日(土)に、東京医科大学動物実験センター米田嘉重郎教授を会長として東京医科大学臨床講堂で開催されます。益々の盛会を祈念いたします。

糖尿病モデル動物の紹介(2)Wistar fattyラット

京都大学医学研究科病態代謝栄養学
清野 裕

はじめに
 遺伝的関与の大きいインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)は、近年糖尿病原因遺伝子の同定の面から注目を集めている。他方、NIDDMの発症には遺伝因子の存在だけでは不十分で、環境因子(肥満、過食、運動不足、ストレス等)の助長的役割がよく知られている。両因子の相互関係により糖尿病が発症することは、種々の糖尿病モデル動物でのこれまでの知見が実に見事に実証しているのみならず、発症の予防ならびに治療法の確立にも計り知れない貢献をしている。1981年に当社で確立されたWistar fatty(WF)ラットも有用なモデル動物のひとつである。

作出の経緯
 1968年に米国Bird Memorial Lab.から導入したZucker fatty(ZF)ラットは劣性ホモ接合体(fa/fa)で肥満を発症し、高インスリン血症、高トリグリセリド血症、耐糖能の低下、インスリン抵抗性を示すが、血糖は正常であった。我々はかってKKマウスの研究で得られた知見に基づき、遺伝背景が表現型の発現に重要な役割を演じる1)

ことに注目し、より耐糖能の悪い他のラットの系統にfa遺伝子を移行すれば、高血糖を伴う肥満を発症させられるのではと考えた。fa遺伝子を移行するラットとして比較的耐糖能が悪かったWistar Kyotoラットに交配させることにより、5世代以降雄性の肥満ラットに高血糖の出現をみた。さらに、交配を重ね、肥満と高血糖を併発するWFラットを確立した2)

。雌性WFラットは通常食で飼育する限り、肥満度・血漿インスリン値・血漿トリグリセリド値等が雄性と変わらないのに高血糖は発症しなかった。雌性WFラットに30%蔗糖溶液を摂取させると比較的容易に高血糖を発現したが、雄性ZFラットの場合は、30%蔗糖溶液を摂取させても高血糖は出現しなかった。したがって、糖尿病の遺伝素因は雄性WFラット>雌性WFラット>雄性ZFラットの順に高いと推測される。

糖尿病の病態と合併症
 雄性WFラットにおける肥満は通常3-4週齢から観察され、8週齢以降重篤な耐糖能異常と共に300mg/dlを越える高血糖が持続する。同時に、高トリグリセリド血症および高インスリン血症がみられる。Euglycemic clamp法による末梢組織の糖利用(PGU)および肝臓の糖産生(HGP)の検討から、末梢組織と肝臓にインスリン抵抗性があることが分かった3)

。筋肉におけるインスリン抵抗性はインスリン受容体βサブユニットのチロシンキナーゼの低リン酸化で説明され4)

、その原因としてTNF-αを介する可能性5)

が示唆されている。チアゾリジンジオン誘導体AD-4833は本ラットの高血糖、高脂血症、耐糖能異常およびインスリン抵抗性を顕著に改善し、低下したチロシンキナーゼのリン酸化を正常化した 3、4、5)


  坐骨神経において神経伝導速度の低下と脱髄、軸索変性などの形態変化がみられる。また、高血糖発症後、尿中への蛋白およびアルブミンの排泄増加、腎重量の増加や腎糸球体および尿細管の形態変化がみられる。したがって、糖尿病神経障害および腎症のモデルとしても有用である。

入手方法および繁殖
 WFラットは市販されておらず、公的機関からの要望があれば繁殖用雌雄を当社から分与している。劣性ホモ(fa/fa)接合体は雌雄とも繁殖には使えないので、ヘテロ(Fa/fa)接合体の雌雄間の交配による。従来、ヘテロ接合体をみつけるのが大変であったが、現在ではPCR法を用いて調べることで容易に見分けられる。

参考文献

  1. Matuso T. et alDiabetologia 8: 391, 1972.
  2. Ikeda H. et alDiabetes 30: 1045, 1981
  3. Sugiyama Y. et al: Arzneim.-Forsch./Drug Res. 40: 436, 1990.
  4. Kobayashi M. et alDiabetes 41, 476, 1991.
  5. Murase K. et alDiabetologia 41,257, 1998.