Vol.8 No.1 May 2004

号頭言 「NSYmiceの開発作製から学んだこと」

柴田 昌雄
(前愛知学院大学教養部)

 1961年第4回日本糖尿病学会総会において阪大吉田常雄教授が本邦で初めて糖尿病の死因統計の報告をされた。その内容は欧米とはかなりの違いがあり、腎死が20.8%であった。私はこの報告を聞いた時の驚きを記憶している。この事が私のライフワークとなった糖尿病性腎症(以下腎症と略す)の研究の発端の一つともなった。
 当時私はこの腎症の成因を少しでも解明したいと思っていたが、何処から手を着けたら良いのか迷っていた。丁度その頃Camerini-Davalos(1968年)のグループよりKKmiceでヒト腎症と類似の病変を見出したとの報告が出た。そこで先ずこのKKmiceの病理組織学的の検討から研究を始めることとした。幸いにもKKmiceは私の所属大学(名大)の出身である中村三雄教授(当時大分医大解剖学)が発見されたマウスであり、同教授からKKmiceについて多くのことの御教示を得ることが出来た。例えばKKmiceは飼育条件によって糖尿病発症率が著しく相違する。成長期になるべく摂取量を増加させることが必須である。その為にはKKmiceは歯牙、歯肉が危弱であるので固形飼料を少し小さく砕くのが良いと言った事などである。
 このKKmiceの腎、特に糸球体病変を検討している過程において、実験的糖尿病マウスの腎糸球体変化との相違を組織学的に検討する必要に迫られた。そこでシオノギ製薬油日ラボラトリーズよりICRmiceを分与していただき、少量のストレプトゾトシンを投与して軽症糖尿病を発症させ長期間飼育後の糸球体を検討することにした。その一部のマウスを兄妹交配してF1マウスを得た。このF1マウスの糸球体を観察したところ、F0マウスの糸球体よりも病変が高度であったので驚きと同時に興味をいだいた。これが端緒となって以後GTTを指標として兄妹交配を繰り返した。その結果F7より耐糖能異常が明らかに出現してきた。以後F20に至り糖代謝異常が固定したと考え、このマウスをNSY(Nagoya Shibata Yasuda)miceと命名して発表した(最初の発表は第25回日本内分泌学会西部部会1977年)。
 以上の如くNSYmiceの開発の動機はあくまでヒトと類似の腎糸球体病変を得たいと言うことであった。他の多くの自然発症糖尿病動物を開発された研究者は、当初より糖尿病そのものの発症を目的として行われたものであるが、私どもは前述の如く腎病変と言う糖尿病の合併症のモデル動物を作るのが目的であった。その結果として自然発症2型糖尿病モデル動物が開発されたことになった。
 このNSYmiceの腎糸球体病変は如何に努力しても、ヒトと全く類似の病変を得ることは出来なかった。その理由としては単に糖代謝の異常を招来したのみでは不可であり、根本的にはヒトとマウスでは糸球体の血管構造など微細な違いがあるものと考えている。
 この様な事実より私は次の様な考えを持つにいたりました。実験動物の病変には限界が存在する。糸球体病変について言えば、マウスではヒトの如き典型的な結節性病変を作ることはまず不可能である。それ故糖尿病マウスの腎病変を研究対象とする場合は、この様なヒトとの相違点を十分に理解した上で、実験結果について正しい評価を与えることが重要である。換言すれば実験動物で得た成績をヒトの病変と対比する場合、どの点までは言及して良いかと言う限界を明解にすべきである。ただ単にヒトと類似の病変、或いは成績であると言う発表では不十分と考えている。
 20年余にわたりNSYmiceの開発に携わった者として、その実験結果の吟味は大変にむずかしいことを痛感している次第である。

第18回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を終えて

和歌山県立医科大学内科学第一講座
南條 輝志男

 第18回日本糖尿病動物研究会年次学術集会を、平成16年1月23日(金)・24日(土)の両日にわたり、和歌山市(和歌山東急イン)において開催いたしました。有料参加者数は134人と地方での開催にもかかわらず多数の先生方に参加していただきました。ご発表いただいた一般演題数(ミニシンポジウムを含む)は35題にのぼり、成功裏に会を終えることができました。
 特別講演では、京都大学医学研究科糖尿病・栄養内科学の清野裕教授より「遺伝子改変によるモデル動物と糖代謝異常」と題して、GIP受容体欠損マウスを用いた実験などを介して、糖代謝と脂質代謝の相互連関が糖尿病発症に重要であることをお示しいただきました。引続き行なわれたイブニングセミナーでは東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科の門脇孝教授より「糖尿病モデル動物とゲノム創薬」と題して、PPARγやアディポネクチンのシグナルがインスリン抵抗性・糖尿病発症に密接に関与し、それを修飾する薬物が糖尿病治療薬となる可能性を提示していただきました。全く素晴らしい内容で、2つの講演を拝聴しただけで日本の2型糖尿病に関する基礎研究の最新の現状を理解できたものと思われます。
 教育講演では、大阪大学微生物研究所難治疾患バイオ分析部門分子免疫制御分野の菊谷仁教授より「1型糖尿病の免疫学:NODマウスからのレッスン」と題して、1型糖尿病のモデルマウスであるNODマウスを用いた実験より、膵β細胞への自己免疫反応が発動するメカニズムにつき、明快な素晴らしい講演をしていただきました。会長講演では糖尿病および合併症発症における酸化ストレスの役割と抗酸化療法の課題について我々の成績も交えて発表いたしました。
 今回は、一般演題の中から2つのミニシンポジウムを企画し、発表していただきました。ミニシンポジウム1「新しい治療法開発の可能性」は従来とは異なる新たな治療法開発につながる演題を集めたもので、1型糖尿病モデルであるNODマウスの糖尿病発症予防、サイトカインであるベータセルリンによる膵β細胞再生、ストレス蛋白であるORP-150による創傷治癒促進など将来の新治療につながる研究成果のほか、ジアシルグリセロールの脂質・糖代謝に対する好影響などを発表していただきました。ミニシンポジウム2「遺伝子改変による病態解明」では、今最も注目されている遺伝子改変を用いて糖尿病ならびに合併症の発症機構に迫った演題を一堂に集めて発表していただきました。アディポネクチン欠損やGIPシグナルがインスリン抵抗性を亢進させる機序、糖尿病性腎症発症におけるマクロファージ、糖化最終産物の重要性、膵β細胞の代償性過形成におけるグルコキナーゼの必要性が発表され、活発に討論されました。一般演題におきまして、新しい糖尿病動物であるSendaiラットやSDTラットの病態解析や、実験動物用X線CT装置の開発などが注目され、他にもたくさんの興味深い研究発表がなされましたが、紙面の都合により割愛させていただきます。
 今回の研究会においても、遺伝子操作を加えた実験動物の解析により、糖尿病および合併症の病態を検討したレベルの高い発表が多数みられました。一方、糖尿病は複数の遺伝素因の組み合わせと環境因子の相互作用により発症する疾患でありますから、自然発症糖尿病動物の病態解析やそれを用いた薬効評価も非常に重要であると考えられます。また、昨今の巨大で細分化した全国学会では専門としている分野以外の研究発表を聞くことも難しい場合があり、“糖尿病動物を用いた研究”という共通点を軸に、さまざまな分野の研究者が研究成果を発表し、情報交換をする場としての本研究会の重要性を再認識いたしました。
 最後になりましたが、本会の開催にあたり、金澤会長をはじめとして幹事、評議員の先生方、座長をお務めいただきました先生方、さらには素晴らしいご講演、研究発表をしていただきました先生方に厚く御礼申し上げます。
 なお、次回の第19回日本糖尿病動物研究会年次学術集会は、公立高島総合病院副院長の谷川敬一郎先生を会長として、平成17年2月4日(金)・5日(土)に京都市で開催される予定です。
 益々の盛会を祈念いたします。

糖尿病モデル動物の紹介(7)糖尿病モデルとしてのOLETFラット

大塚製薬(株)徳島研究所
河野 一弥

 我々は1982年Charles River Canada Inc.より購入したLong-Evans系ラットから次の3種類のモデル動物を開発した。第1は糖尿病病態の経過が緩除で、糖尿病性腎症がみられるOLETFラット(Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty)(1)、第2はTリンパ球減少症を伴わずIDDMが発症するLETL(Long-Evans Tokushima Lean)(2)、第3は糖尿病を全く発症しないコントロールラットで遺伝的にも前2者と近縁であるLETO(Long-Evans Tokushima Otsuka)である。
 本稿ではOLETFラットの糖尿病病態と糖尿病性腎症を紹介し、本ラットの糖尿病モデルとしての有用性を述べる。

糖尿病病態
 OLETFラットの雄は離乳直後より過食、肥満そして高中性脂肪血症を呈し、生後25週齢の経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)において、雄のほぼ100%が糖尿病と診断されるMRIを用いて脂肪分布の観察をおこなったところ、全腹部脂肪と腹腔内脂肪は著しく蓄積し、皮下脂肪は軽度であったことから、内臓脂肪蓄積型肥満と言える。糖尿病発症初期の膵ラ氏島は肥大し顕著な線維化が認められ、末期には膵ラ氏島は疲弊・萎縮し、血中インスリンは高インスリン血症から低インスリン血症へと移行する。このようなOLETFラットに生後6週齢から80週齢まで通常摂餌量の30%制限量を与えたところ、OLETFラットでは飽食群に比べ糖尿病の発症が抑制されたが、生後40週齢ころより糖尿病の発症がみられ、また、糖尿病を発症したOLETFラットに30週齢から80週齢まで30%制限量を与えると、糖尿病発症率は徐々に減少したが0%にはならなかった。このことは過食がOLETFラットの糖尿病発症の唯一の原因ではないことを示している(3)。そこで、過食要因を除外するために糖尿病非発症系であるLETOラットの摂餌量と同量をOLETFラットに与え、脂肪代謝の面からOLETFラットの糖尿病発症原因を検討した。その結果、生後20週齢におけるOLETF制限群の体重は428.0g、LETO群は422.2gで両者の間に有意差はみられなかった。OLETF制限群のOGTTにおける血漿グルコース値の総和は838.6mg/dl、LETO群は747.7mg/dlでOLETF制限群が有意に高値を示した。絶食時の血漿トリグリセライド値はOLETF制限群が47.5mg/dl、LETO群は34.1mg/dl、血漿レプチン濃度はOLETF制限群が5.5ng/ml、LETO群は1.7ng/mlで、いずれもOLETF制限群が有意に高値を示した。また、OLETF制限群の体脂肪重量はLETO制限群よりも有意に重かった。脂肪合成酵素であるMGAT(Monoacyl glycerol acyltransferase)活性は小腸でOLETFラットはLETOラットに比べて2.2倍高かったが、DGAT(Diacyl glycerol acyltransferase)活性は肝および脂肪組織ともLETOラットに比して有意差はなかった。このように、OLETFラットは過食を是正しても、OGTTにおける血漿グルコース値や絶食時の血漿トリグリセライド値、血漿レプチン濃度はLETO群よりも有意に高く、さらに体脂肪重量も有意に重たかったことから、OLETFラットの糖尿病や脂質代謝異常が過食とともにそれ以外の要因に起因する事が想定され、その一つに小腸のMGAT活性の上昇があげられた(4)

糖尿病性腎症
 OLETFラットの腎症は蛋白尿を指標とすると30週齢から発症するが、腎の組織学的変化は23週齢からメザンギアル細胞の増生によってメザンギアル領域が拡張し、週齢が進むと滲出性病変が現われ、加齢とともに進行し、やがて硬化所見が目立つようになり、生後100週齢以上になるとヒトでみられるいわゆる終末腎の様相を呈するようになる。ヒトの糖尿病性腎症で特異的とされる典型的な結節性病変は認められず、滲出性病変が糖尿病を発症したOLETFラットの全例で必発する。これらのOLETFラット糖尿病性腎症は食餌制限により糖尿病の改善と共に軽減されることから、OLETFラットの腎病変は糖尿病に伴う変化であると言える。

参考文献

  1. Kawano K, Hirashima T, Mori S, et al. (1992) Spontaneous long-term hyperglycemic rat with diabetic complications; Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty (OLETF) strain. Diabetes 41: 1422-28
  2. Kawano K, Hirashima T, Mori S, et al. (1991) New inbred strain of Long-Evans Tokushima Lean rats with IDDM without lymphopenia. Diabetes 40: 1375-81
  3. Mori S, Kawano K, Hirashima T, et al.(1996) Relationships between diet control and the development of spontaneous type II diabetes and diabetic nephropathy in OLETF rats. Diabetes Research and Clinical Practice 33: 145-152
  1. Luan Y, Hirashima T, Man Z-W, et al.
  • (2002) Pathogenesis of obesity by food restriction in OLETF rats increased intestinal monoacylglycerol acyltransferase activities may be a crucial factor. Diabetes Research and Clinical Practice
  • 57:75-82