号頭言 遊び心を満たしてくれる糖尿病実験動物
島 健二
糖尿病の研究において実験動物が果たした功績は極めて大きいものがある。私自身の研究においても、そのことは当てはまり、自然発症1型糖尿病ラットLETLや2型糖尿病ラットOLETFとの出会いが、その後の私の研究を大きく発展させてくれた。人を対象にしてはできない色々な実験条件を比較的自由に設定することができ、得られた結果にほくそえんだり、時には自然の神秘さに触れたような感動を味あわせてもらったりもした。研究者は自分の作業仮説が的中した際、ある感動を味わう。勿論、結果の重要度に応じて感動の度合いに違いはあるが、質的には同じ感動を味わうことができる。これがある意味での研究の醍醐味である。実験動物を用いての実験では、対象が生物学的に均質であることや、先に述べたように実験条件設定の容易さ、さらに実件条件遵守度の高さなどのため、比較的明確な結果になることが多い。これが実験動物を用いた場合、自分の作業仮説が比較的明瞭に証明されることにつながる要因である。無論、実験動物から得られた結果が、そのまま人に当てはまるかという若干のもどかしさを感じるが、結果は人に対しても何らかの情報を提供していると割り切れば、臨床的研究者にとっても納得ができる。
ご存知のごとく雌性OLETFは成熟しても糖尿病の発症は皆無か、発症したとしても極めて稀である。雄性OLETFと比較して、その糖尿病発症率の差は画然たるものがある。判明している限りで、糖尿病発症遺伝子がOLETFにおいて両性間で差があるという成績は報告されていない。ただ、普通の固型食で飼育した場合、雄は肥満となるが、雌は肥満とならず、スリムである。この雌を何らかの手段で肥満させれば、雄同様糖尿病の発症頻度が高まるのではないかという作業仮説を立てた。科学的にはVMH破壊で肥満させるというのが王道であろうが、それでは、作業仮説が立証されたとしても、あまり面白味がない。研究は所詮遊びである。そんなことを言うと懸命に頑張っている研究者を冒涜することになるが、研究に失敗しても命がなくなるということはない。その意味で文字通りの懸命ではない。遊びという言い方が不穏当であるなら、知的冒険と言っても良いが、いずれにしても、研究には若干の遊び心が必要である。
雌性OLETFの肥満惹起の実験としてVMH破壊以外にカフェテリアダイエットを与えてみた。要は茶の間でテレビを見ながらご婦人方がつまんでいる“かっぱえびせん”、“クッキー”、”ポッキー”の類がそれである。無論、これらの材料は脂肪含量が多く、また重量当りのカロリーも高いことは科学的に調査済みで、単にご婦人方の間食嗜好を再現するためのものではないが、ちょっとみにはそのように映る。結果は予想以上のもので、全個体が肥満となり、そして糖尿病を発症した。24週齢雄性OLETFの場合、糖尿病発症率は80-90%であるが、上記実験条件下の雌の場合100%であった。勿論、VMH破壊雌性OLETFも肥満し、糖尿病を発症した。科学的にはVMH破壊実験のみの結果で十分であるが、カフェテリアダイエット実験は所謂遊び心の実験で、結果は実験者をくすくすっと笑わせるようなものであった。人を対象にした実験では、遊び心の実験などしていると不謹慎と弾劾されそうであるが、実験動物が対象の場合、このような楽しみも許される。
糖尿病実験動物として、これまでOLETFラット、BBラット、NODマウスなど自然発症糖尿病動物が実験対象として多く用いられてきた。今後も新種の自然発症動物が発見され、用いられるであろうが、遺伝子操作によって、ある意味創り変えられた動物が糖尿病実験動物としてより多用されるようになるであろう。遺伝子操作動物を用いての糖尿病研究は、糖尿病の病因、病態の解明、さらに進んでその対策の確立にとって不可欠のものとなるであろう。従って、その学問的意義は極めて大きいことになる。ひるがえってみて、また、この研究手段ほど作業仮説の妥当性の立証に向いたものはない。多くの場合、操作と結果が一対一で対応し、明確な結果で疑問の余地がないからである。それでも作業仮説通りにならないことがなくはないが、それは作業仮説が幼稚であっただけのことで、逆に、さらに作業仮説を問い直すきっかけにもなる。
この研究手法には、またパズル解きの楽しさもある。研究者は最新のテクニックを駆使して、それこそ夜に日をついで熾烈な競争に明け暮れて、遊んでいる間などないと反論するかも知れない。人間は何故クロスワードパズル遊びに夢中になるのであろう。それは解けた時の何とも言えない楽しさを味わいたいがためである。ジーンターゲッティング操作を用いての研究の楽しみはパズル解きの楽しみと基本的には同じであると言うことは、研究者に礼を失することになるであろうか。
第15回日本糖尿病動物研究会の開催にあたって
埼玉医科大学第四内科
片山 茂裕
第15回糖尿病動物研究会年次学術集会は私が会長を仰せつかり、本年7月24日(火曜日)から26日(木曜日)に日本大学会館で、第8回糖尿病動物国際ワークショップ(The 8th International Work-shop on Lessons from animal Diabetes:LADVIII)と合同で開催されます。そのため、例年より半年ほど遅くなりますが、たくさんの演題をお寄せいただけますようお願い申し上げます。既に御案内させていただいておりますが、LAD VIIIと合同開催ということで、演題のご発表は英語で行っていただきますが、口演およびポスタ-セッションを設けておりますので、英語の苦手な方も英語での発表の練習位の軽い気持ちで、ご応募いただければ幸いです。
昨年来、LADVIIIの会長の自治医科大学の金沢康徳教授と事務局長の東京医科大学動物実験センタ-の米田嘉重郎助教授に私も加わり、何回かのプログラム委員会を開催してまいりました。その結果、プログラムの大筋が固まってまいりました。プレナリーレクチャーは、Hargedorn ResearchLaboratoriesのDr. Palle Serupに「膵臓の幹細胞とラ氏島の分化」について、また東京大学糖尿病内科の門脇助教授に「ノックアウトマウスを用いた2型糖尿病とインスリン抵抗性」についてお願いすることができました。また、Albert E Renold Memorial Lectureは、Hadassah UniversityのDr. Eleazar Shafrirが「インスリン抵抗性に及ぼす栄養の影響」でお話をされます。その他、シンポジウムを3つ、すなわち「糖尿病モデル動物からみた合併症」、「肥満と糖尿病」、「日本で確立された糖尿病動物モデル」を用意しました。特に、「日本で確立された糖尿病動物モデル」のシンポジウムは、第15回糖尿病動物研究会年次学術集会の合同開催の意味合いを打ち出すために企画されたものです。これまで本研究会で発表されホットな討論がなされ、そして我が国だけでなく世界にも広まっていった多くの糖尿病動物があります。本シンポジウムでは、これらのオーバービューを東京医科大学動物実験センタ-の米田嘉重郎助教授にお願いし、BBラットの育ての親であるArthur Like教授にも「糖尿病モデル動物研究における日本の果たした意義」と題する講演をお願いしてあります。また、パネルを使って数多くの日本発の糖尿病モデル動物を、日本医科大学実験動物管理室仲間一雅助教授の司会で御紹介いただきたいと企画をしております。私どもからもお願いをいたしますが、どうぞ多数の御応募をお願いいたします。なお、演題の締め切りを当初の2月28日から少し遅らせる予定です。
以上、第15回糖尿病動物研究会年次学術集会のあらましと現在までの進行状況を御報告申し上げました。先生方の御支援と御指導をいただき、本会を実りあるものといたすべく努力をしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
三共株式会社の糖尿病治療薬研究紹介
研究本部兼三共ファーマリサーチ・インスチチュート
掘越 大能
当社における糖尿病研究は開始後約25年の歴史を有している。そこで、初期の研究事始についてモデル動物にも焦点を当てて述べてみたい。
三共における糖尿病治療薬の研究はチューレン大学シャーリー教授のノーベル賞受賞に貢献したペプチドホルモンLHRHのアミノ酸配列を決めた研究員が1970年初頭に帰国し、組織したペプチド内分泌グループに其の起源を有する。その後、このグループに獣医出身で繁殖内分泌学の背景を持つ研究者と北大薬学部宇井教授の基で膵臓のラ氏島活性化蛋白質の研究を行っていた研究員が加わり、全く背景の異なる三人により、本格的な糖尿病治療薬グループが結成された。1978年の事である。この切っ掛けとなったのは、1979年に発表されたヒト成長ホルモンのN末端のフラグメントがSTZ糖尿病ラットでインスリン作用を増強するとの報告である。その論文にヒントを得て、後のインスリン抵抗性改善薬トログリタゾン発見に結びつく仕事が開始された。
インスリン受容体の研究に加えて、当時、静岡県の袋井市に有る三共の実験動物グループが名古屋大学の近藤教授からKKマウスを分与され、そこで細々と飼育されていたKKマウスを用いて、高インスリン、高血糖の改善を指標にインビボでの薬効評価を行った。この様な病態動物モデルを薬物の検索系の主軸に据えるに当り、数の少ない高価なモデル動物を用いて、いかに多くのデータを取るかに全力を挙げ、独自のマイクロアッセイシステムを作り上げた。血糖、TG、インスリン、FFAの同時測定を行う事で、一匹のマウスでGTT後の各項目の変動を4時間に渡り測定する事が可能となった。この結果、三共で飼育しているKKマウスは血糖やインスリンは上昇するにもかかわらず、TGレベルが殆ど上昇しない事に気がついた。後に、これは単一の遺伝子が関与した、低脂血症三共KKマウスとして、遺伝子解析の技術の進歩と共に注目を浴びる事に成る。これらの仕事は1992年の第七回糖尿病動物研究会で「糖尿病KKマウスのコロニー間におけるトリグリセライド代謝の違い」として発表されたが、演者等の期待に反してほとんど注目を浴びなかった。
更に、薬の高次評価に袋井の動物施設で糖尿病の繁殖用オスザルが偶然発見され、幸いにも(?)そのサルの精液を用いた人工授精が成されていた。その子孫を長期にわたり詳しく検討した所、糖尿病を発症したり、耐糖能不全症を示す事が明らかとなり、これらのサルは、現在、当社の動物による高次評価の大きな武器となっている。
さて、現在の三共の糖尿病グループは設立当初の三名のこじんまりとしたグループから大きく飛躍し、社内においては次世代のインスリン抵抗性改善薬、インスリン分泌不全改善薬、及び糖尿病関連の遺伝子解析、更には海外との共同研究による糖毒性の改善薬、肝臓の糖新生阻害剤、核内受容体の調整剤、糖尿病関連遺伝子解析等々とインスリンの標的となる肝臓、筋肉、膵臓における画期的代謝異常改善薬を創製し、グローバル競争に生き残るべく頑張っている。